最終話 家族
最終的に大泣きして収拾がつかなくなった直弥を、使用人たちが引きずるようにして外へ出した。
抵抗していたわけではない。
しかし次にいつ会えるかもわからないのに、親子水入らずになれなかったのが不満だったらしい。
真人は次の予定で先に退出していたし、緒凛に詰め寄ってはえぐえぐと泣きながら絡む直弥が非常に面倒くさかった。
やっと直弥が帰っていった頃、真織はソファにぐったりとしている。
「ここって、こんな静かだっけ」
緒凛は少し考えてから答えるのをやめた。
ここで下手に返答しても、直弥の悪口になりそうで。
たぶん、真織は言っても怒らないだろうが、配慮である。
真織の隣に座る前に、緒凛はオールバッグにしていた自分の髪型をわしゃわしゃと解いた。
「……スーツ姿でその髪型は珍しいね」
「さわるか?」
「……うん」
いつだったか、同じことを聞いたなと考えながら隣に座ると、真織も体勢を立て直して緒凛の髪に触れる。
整髪剤のせいか、いつもより硬く感じる髪質。
真織が触れやすいよう、こちらに頭を下げてくれる緒凛の髪を――頭を、真織は両手で撫でた。
ピクリと緒凛が反応するものの、真織にされるがままに頭を撫でられる。
「昔――直弥さんにも。こうやって頭を撫でてもらったことがある」
ふと思い出を語る緒凛に、真織は「うん」と小さく相槌をする。
「頭を撫でられたのは……初めてだった」
それは、独白のように。
「父親とは、こういうものなのかと――」
そう言ってゆっくりと顔を上げると、真織も自然と頭を撫でるのをやめる。
宙に浮いた真織の手を、緒凛の両手が握りしめ、真織の手の甲に額を寄せる。
目を閉じて、思い出すのは。
「次期当主として、一線を越えた場所にいた真織を見て」
小さな沈黙を落として。
「置いて行かれたと、思った」
そして、同時に思ったのは。
「なんて――美しいのだろうと」
黒澤が血を重んじた理由が、そこにあった。
目の当たりにした時、父の所業の理由を。
感情を。
理解した。
理解してしまった――。
信仰にも似た感情と。
自分のものにしたいという欲。
乞い願う。
その存在が自分の為だけにあれと。
心揺さぶる。
手の届かぬ人であれと。
ただ、唯一異なったは――緒凛は、絃ではないということ。
ゆっくりと目をあけ、両手を握りしめたまま顔をあげると。
あどけない表情を向けた、十七歳の少女がそこに居て。
「俺は、真織と」
できることなら。
「――家族になりたい」
たとえ黒澤でなくても。
越えなければいけない苦難はいくつもある。
それでも叶うならば。
君の隣で。
緒凛の本当の願いに、真織はふにゃりと微笑んで。
「いいよ」
と。
同じ声色で真織は語る。
「春は、桜の下でお花見」
「楽しそうだ」
「夏は、海でバーベキュー」
「日焼けに注意だな」
「秋には、沢山美味しいものを食べて」
「食べ過ぎないように」
「冬には、雪を見ながら、コタツでミカン」
「鍋も捨てがたい」
額を寄せて、また笑って。
「スーパーで特売品、買いに行こ」
「食べられる分だけな」
「コンビニで肉まん買って半分コ」
「別の味を買ってシェアするのもいい」
「洗濯物の仕方、教えてあげるね」
「アイロンも頼む」
「隠したお菓子は、探さないで」
「お詫びにケーキを買ってこよう」
「たまに喧嘩とかして」
「仲直りは必須だ」
一つずつ“当たり前”を重ねていって。
そうやって――
「家族になろうね」
くしゃりと笑った真織に。
緒凛は――。
2026/2/25執筆了
2026/3/26掲載終了
ご愛読頂き、ありがとうございました




