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優しい愚者〜身分違いの恋は許されますか?〜  作者: なか
第2章. ラメンタービレ(哀れに)
22/22

2-13. 気づき

 日付が変わり、いよいよソナタ様の婚約式の日を迎える。


「どうかな? 似合っているかな?」

「ええ、良くお似合いだと思います。純白の衣装が艶のある黒髪と合っていて、とても凛々しく見えますよ」


 昨日は早めに就寝されたお陰か、ソナタ様の顔色は随分と良くなっていた。この様子であれば問題なく式典をこなすことができるだろう。


 彼の格好を整える手伝いをしながら、以前言われたことを思い出す。


 お貴族様にとって契約は遵守すべき非常に重要なものなのだそうだ。簡単に破棄できるものではないし、契約を破ってしまうと貴族社会での信用を失う。それはお貴族様であるソナタ様にとって、社会的な死を意味する。

 そして、婚約もまた守らねばならない契約だ。このまま式典を迎えれば彼は決められた相手と必ず結婚しなければならない。


「ソナタ様は……これで良いのですか?」


 心の中に湧いた疑問が口に出る。慌てて口元を押さえるが、一度溢れてしまった言葉を取り消すことはできない。

 そんな様子を見ていた彼は苦笑しながらも私の疑問に答えてくれた。


「ああ。これでいい。これが最良な選択のはずなのだから」

「わかりました。無礼をお許しください」

「構わないよ。さあ、準備は整った! 式典へ向かおうか」


 笑顔を作った彼に促されて、私たちは式場へと足を向けた。


 胸の中で渦巻くモヤモヤした気持ちは、今も消えることなく残り続けている。式典の時間が近づくにつれて、想いは消えるどころか強まっている気がする。一体、この感情は何なのだろうか。


 ◇


「これより、フォルテ伯爵家とグラス男爵家の婚約の儀を始める」


 教会の衣装に身を包む男性が声を上げると、この場にいる人々の視線が中央の台へ向けられた。

 フォルテ家の大広間には多くの貴族と使用人たちが集まっており、部屋の中央に設置された白く四角い台を囲んでいる。台の上には神父が立ち、彼と向かい合うように一組の若い男女が並んで跪いていた。


「貴方たちは神に婚約の誓いを立てようとしている。ソナタ・グラス、異議があればこの場で申し立てなさい」

「いいえ、ございません」


 ソナタ様は跪いたまま答えた。彼の様子に迷いは一切感じられない。

 神父は視線をソナタ様の隣で俯く女性に向ける。


「貴族学園を卒業後、貴方達は夫婦の契りを結ぼうとしている。アマービレ・フォルテ、齟齬があればこの場で訂正しなさい」

「ございませんわ」


 彼の婚約者であるアマービレ様は静かに答えた。

 煌びやかな衣装に身を包む二人はとてもお似合いだ。美しい外見を持つ二人は並ぶと本当に絵になる。そう私には見えてしまった。


「では、ソナタ。誓いの言葉を」


 神父の言葉を合図に、二人は向き合うように位置を変えた。

 アマービレ様は立ち上がると細い手を伸ばし、跪いたままのソナタ様はその手を取る。


 その光景を遠巻きに見ていると胸の奥がざわつく。


 どうして、彼の隣に居るのが私ではないのだろう。

 どうして、彼が手を取った相手が私以外の女性なのだろう。

 どうして、彼はお貴族様という立場なのだろうか。


 気がつけばドレスの端を強く握りしめていた。


「アマービレ。貴女を永遠に愛することを神に誓います」


 低く甘い声と共に、ソナタ様の唇がアマービレ様の手の甲に触れる。

 もう見ていられなくて、私は視線を足元に落とす。


「神は二人を祝福する。教会は二人の婚約をここに認めよう。これにて婚約の儀を終わりとする。皆の者、若い二人に祝福の拍手を!」


 神父は周囲に拍手を求める。その声に呼応するように手を叩く音が鳴り響いた。

 喜びに満ちた熱気が辺りを覆っている。その空気を感じて、私の心は更に沈み込む。それでもなけなしの気力を振り絞り、掌を叩いた。


「二人ともよくお似合いだわ。これでフォルテ家も暫くは安泰ね」

「そうね。それにしても、あの人も可哀想よね。ご主人様がフォルテ家へ婿入りしてしまえば用済みになってしまうのですもの。同情しちゃうわ」

「あら、心にもないことを。いい気味って思ってるくせに」


 昨日の一件で、私は使用人たちからの評価を大きく落としてしまったらしい。

 今も背後から私を嘲笑する声が聞こえている。でもそんなことはどうでもよかった。


 私はじっと地面を見つめ、拍手が鳴り止むのを静かに待っていた。


 ◇


 式典を終えると、物置部屋だった自室へ向かう。

 部屋に入って後ろ手で扉を閉めると、そのまま戸にもたれ掛かった。


 婚約式の間は感情を抑えつけようと気を張っていた。この気持ちは誰にもバレてはいけない。この想いは隠し通さなければならない。それが自室に戻り、緩んでしまいそうになる。


 ふと胸元に隠していた首飾りの存在を思い出し、取り出して手の上に乗せた。ソナタ様からいただいた物で毎日欠かさず身につけるようにしている。首飾りの鉄板部分を見ると黒い石が優しい色合いの輝きを放っていた。


 その黒石を軽く撫でていると、胸の奥に閉じ込めていた感情がまた暴れ出す。


「どうして……」


 今も心を揺さぶり続けている想いは、これまで経験したことのないものだった。彼以外には向けたことのない感情だ。だから対処の方法が分からなくて持て余してしまう。


 けれど、この気持ちの呼び名は既に知っている。

 数多くのおとぎ話や恋物語の女の子たちが、悩んだり苦しんだりしながらも向き合ってきた想いだ。その感情が私の胸の中にも宿っていた。今日、初めてその事実に気づいた。


「どうして、好きになっちゃったんだろう……」


 なぜ、好きになった相手が彼だったのだろうか。


 どうして、彼は私の仕える主なのだろうか。


 神様は、なんで彼と同じ貴族ではなく、私を平民の生まれにしてしまったのだろうか。


 好きになっても、結ばれることなんてあり得ないのに。

第2章はこれで終わりとなります。

この後は間章(3話分)を挟んで第3章が始まりますので引き続きお付き合いいただければ幸いです。

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