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優しい愚者〜身分違いの恋は許されますか?〜  作者: なか
第2章. ラメンタービレ(哀れに)
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2-11. 新たな家

 二人だけの長旅が終わり、私たちは馬車を降りた。


 目の前にはレンガ造りのお屋敷が見える。その二階建ての建物はグラス家の屋敷の倍以上の広さはあるだろうか。見た事がないほどに大きい。


「これが私たちが暮らすことになるお屋敷ですか……」

「ああ。前の屋敷よりはるかに広いから迷子にならないようにな?」

「なりませんよ。子供扱いしないでください」


 軽口を叩き合いながらフォルテ家の敷地を進む。

 周囲にはいくつもの木々や花壇があり、庭師と思われる使用人たちが忙しなく働いている。グラス家では財政上の理由で雇えなかった者たちが何人もいる光景は、それだけでフォルテ家が豊かであることを私に印象付けた。


「使用人が案内してくれるという話だったが……あれかな?」


 ソナタ様の指差す方向に視線を向けると、お屋敷の前にエプロンドレス姿の女性が立っていた。

 近づくにつれて彼女の姿がはっきりと認識できるようになる。薄茶色の短髪で長身の彼女は、こちらに向かって軽く頭を下げた。


「カルと申します。ソナタ様でよろしかったでしょうか? お屋敷を案内させていただきますね」


 カルと名乗る使用人に導かれて、私たちはお屋敷に入った。


 ◇


 カルはソナタ様の自室へ案内してくれるそうだ。

 彼女の後を歩きながらソナタ様と今後の予定を擦り合わせる。


「この後はみなさまと夕食を共にする予定でよろしかったですね?」

「そうだね。給仕は任せたよ」


 このお屋敷における私の仕事は、ソナタ様の身の回りの世話のみだ。ソナタ様の専属侍女という立場らしい。

 グラス家とは異なり、フォルテ家は使用人が多い。分業化も進んでいるので、以前の様に私が様々な雑務をこなす必要はないだろう。仕事内容が明確なので不安はない。


「そして明日は婚約の式典でしたね。夕食後はすぐにお休みされた方がいいと思いますよ」

「いや、グラス家から持ってきた私物を整理するつもりだ。だからヒカリは先に休んでていいぞ」

「それは私がやっておきます。体調が優れないのですからお身体を休めてください」

「ヒカリがやるのか? 重い物も多いから自分でやりたいんだが」

「私の仕事を取らないでくださいよ!」


 咳払いの音が聞こえ、会話を中断する。

 音の鳴った方へ顔を向けるとカルがもの言いたげな顔で立っていた。


 彼女は再度咳払いをすると口を開く。


「こちらがソナタ様の私室になります。不足がないか、どうぞその目でお確かめください」


 部屋に入ると真っ先に目を引いたのは内装の豪華さだ。

 芸術的な装飾の施された家具や質の良いと分かる布類の数々。部屋も広く、小物含めてとても整えられていた。私たちは弱い立場だと聞いていたが、ぞんざいな扱いを受ける訳ではないようだ。その事実に少し安堵する。


「ソナタ様。荷ほどきを始めてしまいますね」


 部屋の片隅には予め送っておいた木箱が積まれている。

 夕食に向けて、部屋着などの必要なものを優先的に使える状態にしなければならないだろう。


 私は一つずつ木箱の中身を確認しながら荷物の仕分けを始めた。


 ◇


 簡単な荷ほどきを終えてお茶の準備をしていると入口の方から音が聞こえた。戸を叩く音の後に扉が開く。


「ソナタ様。少しよろしいかしら?」


 部屋にやってきたのは若い女性だった。

 濃い黒のドレスに燃えるような赤い長髪。作り物のように整った顔立ちはまるで人形のような綺麗な人だと思った。


「ごきげんよう、アマービレ様。僕に何か用事かな?」


 そんな彼女に、見たこともない笑顔でソナタ様は答える。どうやらこの女性が婚約相手の方らしい。


「夕食の前に少し貴方とお話ししたかったの。ほら、婚約者なら交友を深めるのは大事でしょ?」


 そう言うと、彼女はソナタ様に近づき腕を絡ませる。彼女の顔には好意的な笑顔が浮かんでいた。


「貴方が休学したせいで会う時間が減ってしまったわ。だからその埋めあわせをしたいの。ダメかしら?」

「いや、問題ないよ。僕もアマービレ様と話をしておきたいと思っていたから」

「よかったわ。それでは今からわたくしの私室に参りましょうか。質の良い茶葉が手に入ったのよ」


 私の目の前で腕を組んだ二人が楽しげに談笑している。

 ソナタ様とアマービレ様はどちらも長身で美形だ。黒髪の彼と赤髪の彼女が並ぶと絵になる美しさで、まるでおとぎ話に出てくる王子様とお姫様のように見える。お似合いの恋人同士だなと思ってしまう。そんな様子を見ていると何だか胸の奥が騒つく。


 気が付けば、二人の間を割り込むように自然と声をかけていた。


「ソナタ様。私もお供いたしましょうか?」

「ヒカリは……いや、いい。それほど時間は掛からないと思うから好きにしてていいよ」


 そう言い残すと、腕を組んだ二人は部屋を出て行った。

 その去り際、アマービレ様と目が合う。微笑を浮かべていた彼女だが、赤い瞳は私を睨みつけているようにも感じた。


 ◇


「ヒカリ。ちょっといいかい?」


 二人を見送っていると背後からカルの声がした。考え事を中断して彼女の方へ振り返る。


「今のうちにあんたの部屋に案内するよ。自分の荷物もあるんだろ?」

「それはありがたいのですが……今からですか?」

「ご主人様が席を外しててどうせ暇なんだろ? ほら、戻ってくる前に用事済ませるよ!」


 そう言って部屋を出てどこかへ向かうカルの後を慌てて追いかけた。

 ソナタ様の面前と異なり、彼女の口調は少し荒っぽい。恐らくこれが素なのだろう。


 このお屋敷は1階部分にお貴族様が、2階部分に我々使用人たちが暮らしているそうだ。道すがらカルが教えてくれた。当然私の部屋も2階にある。


 彼女の後をついて歩いていると、2階の角部屋に到着した。目の前には少し古びた扉がある。


「ここがあんたが過ごす部屋さ。物置部屋だったからちょっと汚いかもしれないが我慢してくれよ」


 カルに促されて部屋に入るとカビ臭さを感じた。

 床は埃まみれで天井には薄っすらと蜘蛛の巣が張っている。この部屋は長い間誰にも使われていなかったようだ。


「これは……酷いですね。お掃除が必要かもしれません」

「悪いけど一人でやってちょうだい。掃除道具なら部屋の隅にあるからさ」


 彼女の声を聞きながら小さな窓を開けた。冬の冷たい空気が部屋に入り込み、私の身と心を引き締める。

 快適な暮らしを期待していたわけではないので、この程度の仕打ちは耐えられる。部屋を用意してもらえただけありがたいと思うことにしよう。


 お掃除の段取りを考えているとカルの言葉は続いた。


「ところで、ヒカリ。少しご主人様との距離が近くないかい?」

「そうでしょうか? こんなものだと思いますけれども」


 カルにそう答えながら、掃除道具に手を伸ばす。

 まずは寝台。夜までに整えなければ寝ることができないので、寝台を優先しよう。部屋に備え付けてある鏡も出来れば掃除しておきたい。


 しばらくの間のあと、カルの冷たい声が聞こえた。


「どうでもいいけど、気をつけた方がいいよ」


 寝台を整えていた手を止めて、カルの方向へ顔を向ける。

 彼女は背を向けて部屋を出ようとしていた。


「カル。どういう意味ですか?」

「警告はしたから。じゃああたしは仕事に戻るよ」


 意味深な言葉を残す彼女はそのまま振り返ることなく部屋を出て行ってしまった。

 何に対しての警告だったのだろうか。結局、考えてもよく分からず、部屋の掃除を再開した。


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