なるほど、偽装婚約ですね?(王妃陛下視点・若かりし頃のお話)
王妃陛下の若い頃のお話です。国王と王妃の名前が初めて名前が出ました。
この世界はどこか知っているような既視感があった。前世でお気に入りだった、いわゆる乙女ゲームと言われるものの世界観に似ていると気づいたのは社交界デビューしてからだった。
「きゃあっ、今日も素敵ですわ!アルさま」
今日は舞踏会という名の王太子殿下であるスヴェートさまのお見合いの場である。
王太子殿下のお相手ともなると高位の方々になるのでは?と思われるが、スヴェートさまがあまりにお相手をお決めにならないので、婚約者のいない年頃の貴族令嬢はすべて出席するようにお達しが来てしまった。
おかげで子爵令嬢である私…アルサリアもこうして出席しているわけであるけれど。
「ありがとうございます、ソフィア嬢も今日は一段とお美しいですね」
「アルさま…嬉しゅうございます!」
まあ、私はいつもどおりの男装だ。ドレスなんて、社交界デビューの一度きりしか着用していない。髪も切りたかったが、さすがに母に泣かれるので仕方なくひとつにまとめて結っている。
ドレスなんて動きづらいし、正装であれば問題ないだろう…なんていうのが言えるのも、ひとえに社交界の女性皆さまのおかげだ。私の男装を気に入ってくださったらしい皆さまが味方になってくれ、男性陣も男装に関して何も言ってくることはない。男性優位の世の中とはいえ、女性を敵に回すと怖いことをよくご存知らしい。
「王太子さまのご婚約者は、いつお決まりになるのでしょうね?」
ソフィア嬢は私と同じ子爵令嬢なので、私同様に他人事だ。選ばれるとは思っていない。
「本当に…無駄に舞踏会なんてもったいないですね。早く決めてくだされば、こちらも呼ばれることはなかったのに」
二人で顔を見合わせて笑っていると、噂の王太子殿下・スヴェートさまがやってきた。……なんで、こっちに来る?
ソフィア嬢が淑女の礼をして、慌てて立ち去る。お邪魔してはならないからと笑顔で。いや、お邪魔なんてことないんだけど~!
……わかってる、わかってるんだ。彼女たちがBのL的な意味合いで殿下と私を見て楽しんでいることは。この世界にも腐な楽しみをする方々がいるんだとミョーな感心をしたものだ。私、一応女なんだけど。
「アルサリア、良かった。来てたんだな」
「国王陛下のお達しでしたので…」
嬉しそうに微笑む殿下は精悍な美形だ。この顔を見て、ようやくこの世界が前世でプレイした乙女ゲームの世界に似ていることに気づいた。
しかし、殿下は攻略対象ではない。攻略対象の父親だ。自分が知っている姿よりかなり若いので、気づくのに時間を要した。彼は当然ではあるが、いずれ国王陛下となる。ゲームでは国王として登場していた。
そう、もし自分の知っている世界であれば、ゲームが始まるひとつ前の世代の若い時代なのだ。まったくもって面白くない。なんのためにここにいるのやら。
「ああ、悪かったな。来てくれて助かったよ。君に話があるんだ」
「………………なんでしょう?」
なんだろう。ものすごく、イヤな予感がする。
「ちょっと別室で話していいか?」
「私と結婚してほしい」
………………ん?何かいま、空耳がした?
「あ、いや間違った。婚約してほしいんだ」
「…………は?」
「君が私に興味ないであろうことは、分かっている。だが私も年齢が年齢で、早く婚約者を決めないとまずいんだ」
え、意味が分からない。殿下が婚約者を決めないといけないのは分かるのだけれど、そこでどうして私に話を持ってくるのだろうか。
「あの、殿下?私はこの会場にいる令嬢の中でお妃候補となるには一番遠い人間だと自覚していますが…」
顔をひきつらせながらもおそるおそる告げると、伏し目がちだったスヴェートさまがパッと顔を上げた。
「そんなことはない!君は素晴らしい女性だ。ドロドロとした社交界を居心地の良いものに変えてくれた。───誰より妃にふさわしいし……何より、私は……」
スヴェートさまはお顔を真っ赤にされ、言葉が続かないようだ。私は辛抱強く待ちつつ、婚約者になってほしいと言われた意味を考えた。
スヴェートさまは御年22歳になられている。ハッキリ言ってその年齢で婚約者さえいらっしゃらない王太子殿下は珍しいだろう。さぞかし周囲もやきもきしているに違いない。
ただ、この国においては勝手に王位継承者の婚姻相手を決めることができない事情がある。
───守護聖獣の存在だ。『王家の守護聖獣』と言われているが、国全体の守護をしてくださるありがたい存在だ。『王家の』とついているのは、ひとえに守護聖獣が昔、異世界より現れた乙女と交わした約束を守っているからだという。
伝説によると、乙女が元の世界に戻る時に泣く泣く愛した時の王太子と別れた。その彼を守ってほしいという願いを残したため、守護聖獣はずっと王家にいるらしい。
それからというもの王太子の伴侶となる者は守護聖獣も認める者でなければならない。
そのせいか、ゲームでもメインヒーローのはずの王太子は本人だけでなく、守護聖獣に気に入られる行動をとらなければなないのだ。メインヒーローなのに、なかなかの難易度なのである。
考えているうちに、そういうことかと私は合点した。お見合いもどきの舞踏会やら何やらに辟易した殿下は王家の面々+守護聖獣が認める相手を見つけるまで、私に仮の婚約者になってほしいに違いない。
こんな男装して楽しんでいるぐらいの人間だ。王族に嫁ごうなどという大それた望みを持っていないことが分かっているのだろう。
「……なるほど、偽装婚約ですね」
「は?」
「私であれば、ご令嬢方は不満なく…むしろ応援してくださるぐらいでしょうし」
あのBのLを楽しんでいる方々は狂喜乱舞しそうだ。フムフムと納得していると、なぜだろうか。殿下の赤い顔がキョトンとした顔になっている。
「君が納得して承諾してくれるなら、何でもいい」
とりあえず今はね、と殿下はその手があったかと呟きながら納得されているようだ。……どういうことだろう?
「そして現在に至る……ねえ、これって詐欺だよね?なんで王妃になってるんだろ?何故か聖獣にもすんなり認められたしさぁ」
王妃業のしんどさに弟の生まれ変わりであり、現在は息子・3歳に愚痴ってみたのだけども。
「え、ねえちゃん…それ、マジメにいってる?」
幼い息子のあきれた目にたじろぐ。
「な、何よ」
「ちちうえもむくわれないし、いまだにじぶんのきもちにもきづかないとか、ないわー…」
「どういう意味よ」
やれやれと幼い姿に似つかわしくない肩をすくめる姿に、共感を得られていないと分かる。それでも何だかんだと幸せを噛みしめる私なのだった。
楽しかった!読んでくださってありがとうございました。