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宰相閣下の宝物  作者: 半崎ゆま
本編
9/107

最後の結晶

 サラは今までと同じように扉を開けて、中の結晶を取り出した。角度を変えて一通り観察したあと、取り出した筆記具で記録をとっていく。

 コハクはぼんやりとその後ろ姿を眺めていた。



 そもそもコハクは女性が苦手だった。外見が派手だからか、はたまた宰相という肩書きが良いのか、見合いの話は尽きないし、常に多くの女性が秋波を送ってくる。

 貴族の令嬢が親の権力を使って城に入り浸り、つきまとわれて仕事に支障が出たこともあった。また、別の女性からの交際を断ったら、逆恨みをされた挙げ句に呪いをかけられそうになったこともある。

 できるだけ感情を悟られないように、近づきにくい雰囲気をだすように。特に女性には気をつけて接しなければならない。自分は常に冷静な宰相でいれば良いのだ。


「宰相さまが本当は優しい方だとわかって、なんだか嬉しくなりました」


 サラの言葉を思い出す。この少女がコハクの謝罪を受け入れなかったことには正直驚いた。一昨日はあんなに緊張して小さくなっていたというのに…。

 重い荷物を一人で持って、一生懸命コハクの後を追ってきたサラは、何かにつけてすり寄ってくる女性達とは何かが違った。他国から来たばかりで、コハクのことを知らなかったのもあるのだろうが、サラはコハクに媚びなかった。初対面の女性が自分を男として意識せずに接してくれるのは久しぶりだ。

 …だからこんなに居心地がいいのか。


「宰相さま、こちらに来ていただけますか」


 突然サラが振り向いたので、コハクは緩んでいた口元を手で覆い隠した。司祭と仕事で会う機会は多い。面倒な男女関係を意識しなくて済むのなら大助かりだ。



 サラの手のひらに乗っている結晶は、今までのものに比べるとわずかに黒ずんでいるように見えた。


「この近くの結界を攻撃された跡があります」

「ああ、時々あるのですよ。国王の城ですから」


 コハクが答えると、サラは「そうですか」と結晶を見つめたまま呟いた。指で表面をなぞり、難しい顔で考え込んでいる。


「どんな攻撃をされたのか探りながら浄化します」


 青白い光が結晶を包む。黒い煙のようなものが浮かんでは消えていく。正直、コハクには他の結晶との違いはよくわからない。それでも今までよりも長い時間をかけて、サラが結晶に魔力を注ぎ込んでいることはわかる。

 サラの額にはうっすらと汗がにじんでいた。伏せられた長いまつげが、白い頬に影を作る。

 真剣に魔法を使う様子は、恥ずかしそうに薬草の話をしていた少女とは別人のようだった。


 光が消えた。

 サラはゆっくりと目を開けた。少しやつれたように見えるが大丈夫だろうか。


「初めて見る魔法が混ざっていましたので、時間がかかってしまいました。お待たせして申し訳ありません」

「それは、普通の魔法ではないのですか」

「よくある呪いや、お城の外壁を壊そうとする魔法に混ざって、虫がたくさん飛んできているのです」

「虫ですか」

「はい、色々な種類の虫が結界に弾かれています」


 虫ならば、今この花畑にもたくさん飛んでいる。それがどうしたと言うのだ。


「春ですし、お城の敷地には森や花畑も多いですし、不思議ではないのかもしれませんが…」


 自分でも納得いかない様子で、サラは口元に手をあてた。


「普通の虫だったら結界が検知するわけないし。でも、人に害をなす可能性があるものだったら違うのかしら…」


 サラは難しい顔で結晶を眺めてぶつぶつと呟いている。コハクのことなど視界に入っていないようだ。それでも不快な気持ちにならないのは、サラがあまりにも真剣な表情をしているからだろう。



 しばらく考えた後、サラは大きくため息をついた。


「…ごめんなさい。わたしにはわかりません」


 目に見えて落ち込んだ様子で、サラは下を向く。


「ノキア様がどんな結界を張られたのか、魔道具が劣化しすぎていてわからないのです。今となっては直接お聞きすることもできませんし…。お役に立てなくてごめんなさい」

「それは貴女のせいではないですよ」

「…ありがとうございます」


 顔を上げたサラは、安心したような柔らかい笑みを浮かべた。先程と同じ台詞を、今度は素直に受け取ってくれたようだ。


「浄化をしてみましたが、この結晶の強度はもう限界です。とりあえず結界の維持のために最低限の機能だけ残してあります」


 サラは結晶を元の位置に戻した。音もなく扉が閉まる。


「次に強い魔法を受けたら壊れてしまうでしょう。新しい魔道具ができるまでの応急処置になりますが、手元の材料で補強したいと思います。明日から準備をしますから、三日後にこちらに伺ってもよろしいでしょうか」

「承知しました。陛下にも報告しておきます」


 筆記具などを片付けて、サラが鞄に手をかける。コハクはそれを制し、サラの代わりに大きな鞄を持ち上げた。サラは申し訳なさそうに一礼した。


「あの、宰相さま」


 不安げに見上げる顔には疲れが見える。


「今日はお役に立てなくて申し訳ありません。わたし、もっと勉強して、皆さんにご迷惑をおかけしないように頑張ります」


 それでもサラは健気に微笑んだ。


 そんなに気負わなくてもいい。と言いたかった。

 しかし宰相としてのコハクの立場が、その言葉を発することを許さない。コハクが望むのは国家と王家の繁栄だけだ。サラにはできるだけ早く一人前の司祭になってもらわなければならない。


「ご無理はなさらないでくださいね」


 作り笑いは得意だった。

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