前司祭の遺品
次の日の早朝、サラは大聖堂に向かった。
教会の中心にある大聖堂は四階分の吹き抜けになっていて、白い壁面には月と太陽と星の模様が美しく彫刻されている。正面にある天井まで続く三面の飾り硝子には、色とりどりの鉱石が埋め込まれ、朝日を浴びてきらきらと輝いていた。
参列者用の長椅子の間を抜けて、祭壇に立つ。三面の飾り硝子は左から月、太陽、星を図式化していて、祭壇はちょうど三つの光が集まる場所に作られている。サラはそこで司祭として祈りを捧げる。
「今日も、太陽の恵みと、月の安らぎと、星の導きが人々に訪れますように」
杖を振ると、先端にある薄紫の結晶が微かに光を放った。
新しい杖の使い心地は上々だ。広げた手のひらよりも少し長い杖は植物の茎と葉を模していて、先端には花のつぼみのように司祭の結晶が飾られている。
サラは杖なしでも魔法を使うことができるが、杖があると意識を集中しやすいため、神官長に頼んで作ってもらったのだ。かわいらしい装飾は神官長の趣味だが、サラも気に入っている。
毎朝、人々の平穏な生活を祈るのが司祭の仕事の一つだ。必ずしも祭壇で行う必要はないのだが、サラは大聖堂でひとり心を静めて祈るのが好きだ。どれくらいの効果があるのかはわからない。しかし、歴代の司祭に脈々と受け継がれてきた儀式に、意味のないものはないと思う。
祈りを終えたサラは自室へと戻る。
渡り廊下で立ち止まり、深呼吸をする。朝の澄んだ空気がサラを満たしていく。
昨日の魔道具にかけられた魔法は何だろう。理解ができない魔法に出会ったのは久しぶりだ。
サラはステイシアの魔法学校ではそれなりに良い成績をとっていたが、自分は魔力が人より多いだけで天才ではないことはわかっている。だからもっと勉強して知識を蓄えなければならない。
身の回りに残されていたノキアの魔法は、サラが習ってきたものとは組み立て方が異なる。個人の癖なのか、聖王国ではこれが普通なのかはわからない。いずれにしろ、もっとこの国の魔法を勉強する必要がある。
「もっとがんばらないと」
あの優しい宰相閣下に迷惑をかけないように。自分にできることを精一杯やるだけだ。
幸いにも、自室にはノキアから受け継いだ大量の書物がある。これをすべて読めばあの魔法も理解できるかもしれない。さて、どれから読み始めようか。
「あ…」
自室に戻ったサラはその背表紙を眺めていて異変に気付く。
「この本は…」
整然と並べられた魔道書の間に、一冊だけ場違いな本が挟まれていた。手に取ると、それは雪の結晶の形を観察し、それを写生した絵が並んでいるだけの本だった。
きれいだけど、どうして…。
ぱらぱらと本をめくると、目次の頁のところにいくつか印がついていることに気が付いた。サラは印のついた頁を見てみるが、特に不審な点はない。
一瞬、ノキアの趣味かと思ったが、前司祭の遺品に意味のないものはないはずだ。
つまり、これはノキアの遺した暗号だ。
サラは、頁の番号を並べ替えてみたり、書かれた文字を飛び飛びに読んでみたり、紙をろうそくの灯りに透かしてみたりと解読を試みた。
「難しい…」
丸半日、本と格闘したがまったく糸口が掴めない。
サラは机に突っ伏した。ひんやりとした机が頬を冷やして気持ちが良い。
「ノキアは大人になっても遊び心を忘れない人だったわ。それはあなた専用の暗号ですし、きっとあなたに役立つものが見つかるはずよ」
昼食のときに神官長に相談したが、そう言って笑われただけだった。
「わたしにしか解けない…」
頬を机につけたまま、ぱらぱらと頁をめくる。そのとき、サラは印をつけられた頁の絵の一部分が、わずかに盛り上がっていることに気が付いた。
「雪の結晶の絵…」
サラは思い立って、机の隅に置かれた水差しから直接手のひらに水を注ぐ。こぼれないように注意して、その水に魔力を送る。そして、本に描かれた絵の形になるように、慎重に凍らせていく。
複雑な結晶の形に何回か失敗を重ねたが、ようやくほぼ同じ形の氷が完成した。
サラは出来上がった氷の結晶を本の絵に重ねる。その瞬間、氷は本の絵に吸い込まれるようにして消えていった。それと同時に、同じ頁に書かれた説明文の中の一文字だけが赤く光りだした。
サラは急いでその文字を記録する。
数秒で光は消えた。紙には濡れた跡すら残っていない。
「なんて面倒な仕掛けなの…」
結晶の絵と同じ形の氷を作る。確かに水の魔法が得意なサラ以外には解くことが難しい暗号だ。
解読できた喜びよりも、こんな手の込んだ仕掛けを準備されていたことに対する驚きの方が大きい。前司祭とは、一体どのような人物だったのだろう。
サラは残りの頁の処理をした。要領さえ掴めばさほど難しいことではなかった。
こうして導き出された隠し場所に司祭の結晶をかざすと、小さな扉が現れた。やっと、すべての暗号が解読できたようだ。
サラは扉を開けて、赤い表紙の本を取り出す。期待に胸を膨らませて表紙をめくると…。
「これは…」
サラは思わずその場に座り込んだ。
本の中は、意味不明な文章で埋め尽くされていた。




