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宰相閣下の宝物  作者: 半崎ゆま
本編
6/107

明日への準備

 昨日は散々だった。


 帰りの馬車の中ではニーナにずっと叱られて、教会に着くと心配しすぎた神官長が、たくさんの薬とお菓子を用意して待っていた。

 皆がサラに気を使って心配してくれているのはわかっている。しかし、いきなり他国から来た小娘を最高位の司祭として扱うことに抵抗はないのだろうか。




 初めて教会に来た日、うやうやしく出迎えた神官長たちの前で、サラは前司祭に教わった通りに祭壇に向かい、そこに置かれていた黒い石に触れた。

 その瞬間、まばゆい光が辺りを包んだ。誰もが目がくらんで祭壇を直視できなかった。

 ようやく光がおさまり、目を開けると黒かった石は薄紫色の結晶に姿を変えていた。


 大聖堂は水を打ったように静まりかえっていた。数秒の後、神官の一人が「ノキア様の時と同じだ」と呟いたのが聞こえた。それをきっかけに皆が騒ぎだした。嬉しそうに話す者、泣き崩れる者、慌ただしく動き出す者。サラは何が起きているのか理解できず、ただ周囲を見回すことしかできなかった。

 サラが呆然と立ち尽くしていると、最初に神官長と名乗った高齢の女性がサラに歩み寄った。


「ごめんなさいね。前の司祭の遺言通りに事が運んでいたけれど、みんな心のどこかで信じられなかったの」


 当然のことだ、とサラは頷いた。神官長は優しく語り続ける。


「あの石は司祭の結晶と呼ばれていて、正統な司祭が触れると魔力を帯びて色や形を変えるのよ」


 それでサラが次の司祭だと確定したのか。ようやく人々が騒ぐ理由が理解できた。


「あれを加工して、あなた専用の杖や首飾りを作りましょう」


 神官長はサラの手をとった。大きくて柔らかい手だった。

 サラは孤児院の先生たちを思い出す。

 挨拶をしないまま出てきてしまったこと、先生たちは怒っていないだろうか。


「ノキアは司祭に任命されたとき、あの石を真っ赤な結晶に変えてね。私たちは彼女にぴったりだと思ったのよ。…あなたはこんなに優しい色にしたのね」


 神官長は遠い目をして語る。亡くなった前司祭と神官長は親友同士だったと、後でニーナが教えてくれた。


「あなたが来てくれて嬉しいわ。司祭は人々の心の拠り所なの」


 その後のことはあまり覚えていない。たくさんの人に囲まれて挨拶をされて、ほとんど眠れないまま翌日になった。そして、サラはその日の夕方に高熱を出した。




 熱にうなされている間、いろいろな夢を見た。燃え尽きた村、白い壁の孤児院、はじめて魔法を使った日の事、魔法学校での生活。そしてあの夜、枕元に浮かんだ赤い光。すべてがとても鮮明で、夢と現実の区別がつかないような不思議な時間だった。


 三日目の朝、妙にすっきりと目が覚めた。最初に見たのは、板張りの天井。微かな薬草の匂いが懐かしい。

 微かな期待を胸に周囲を見渡すが、ここは見慣れた魔法学校の寮ではなかった。薬草は、どこにでもある熱冷ましのものだった。

 そのとき、もうステイシアには戻れない。ここで司祭として生きていくのだと実感した。




「サラ様、おきていらっしゃいますか?」


 ニーナの声がした。サラは急いで寝台から降りて、身なりを整える。藤の籠を抱えたニーナは今日も笑顔だ。


「おはようございます。もう体調はよろしいのですか?」


 ニーナは机の上に白い布を広げて、朝食の用意を始めた。


「今日は果物たっぷりのサラダですよ。あたし、さっきつまみ食いしたんですけど、とっても美味しかったです!」


 悪びれもせずに言って、ニーナは笑った。朝はあまり食欲がないサラにはありがたいが、お礼を言うことではない。サラは促されるままに椅子に座る。


「今日のご予定は?」


 紅茶を淹れながらニーナが尋ねた。いい香りが広がる。


「お城の魔道具を取り替えるので、準備をします。新しい水晶を五個用意していただけますか」

「三個ではなくて?」

「明日、残り二個の結晶を確認しにお城に向かいますが、昨日の様子ではすべて取り替える必要があると思います。手配は早い方がいいでしょう」

「なるほど。さすがサラ様」


 心からそう思っているのだろうが、ニーナが手放しで誉めてくれるので、サラはなんとも言えない居心地の悪さを感じてきまう。


「そーいえば、昨日出口まで送ってくれた人ってもしかして…」


 紅茶に砂糖を入れながら、ニーナが尋ねた。


「あの方は…」


 心臓が大きく跳ねた気がした。

 サラは、驚くほど美しい男性の姿を思い出す。あのとき背中を支えてくれた手はとても暖かくて、サラを見つめる青みがかった瞳は、男性にしては長いまつげに縁取られていた。

 きれいな人形みたいな人だった。


「サラ様?」

「はいっ」

「お顔が赤いですよ。またお熱が出たのでは」

「違います。これは、その、ちょっと昨日の事を思い出して…」


 サラは昨日、コハクに城を案内してもらったことを説明する。もちろん、倒れたことは伏せておいた。今まで異性と関わることがほとんどなかったサラにとっては、思い出すだけで顔から火が出そうなほど、恥ずかしい出来事だったのだ。

 ニーナはすべて聞き終えると、興奮して立ち上がった。


「やっぱり宰相様だったんですね!」

「ええ」

「すごーい。宰相様とお近づきになれるなんて、聖都中の女の子がうらやましがりますよ」

「仕事で案内してくださっただけよ」

「それでも、うらやましいです!」


 ニーナは席を離れ、胸の前で手を組むと、うっとりと語り出す。


「あの流れるような金色の髪、優雅なたたずまい。まるで物語の王子様のようなお顔立ち。しかも頭脳は明晰で、陛下の即位と同時に史上最年少で宰相の職に就かれたのですよ」

「すごい方なのね」

「あんなに美しいものだから、国内外の貴族や王族からの縁談が、それこそ星の数ほど舞い込んでくるんですよ。でも、ご本人は王家に忠誠を誓ったとかですべて門前払い。そういえばいつも陛下の後ろに控えているけど、もしかしてあの二人は…、なんて物語が創作されたりして」


 たっぷり語って満足したのか、ニーナは席に戻ると頬杖をついてサラに笑いかけた。


「というように、国中の女の子達が一度は憧れる存在なんですよ。ほとんど公の場に姿を見せない方ですから、みんな好き勝手に話題にしているというわけです」


 サラは頷いた。あれだけ美しければ当然かもしれない。しかし、あの穏やかな微笑みが、サラにはとても空虚なものに見えた。


「これを片付けたら、水晶の手配をしに街へ行ってきます。他に必要なものはありますか?」

「薬草をいくつかお願いします。昨日使ってしまった体力を回復する薬を作ります」


 サラは冷めた紅茶を飲み干した。午前中はゆっくり休んで体調を整え、午後から仕事をはじめよう。

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