確かなこと1
その日は朝からよく晴れていた。薬草畑で雑草を抜いていたサラのもとに、頼んでいた物が届けられた。
自室に戻り鍵をかけて結界を張る。箱を開けると、微かな異臭が広がった。手袋をして中を探ると、乾燥した薬草と一緒に蜂やねずみなど虫や小動物の死骸が入っている。
サラはアレクにできるだけたくさんの紋様を集めてほしいと頼んでいた。これは騎士団の魔導師が選別して腐敗防止の薬草と共に送ってくれたものだ。
金属製の箸を使い、紙を敷いた机の上に並べていく。初めて見たときには恐ろしいと思ったが、今は研究の材料として冷静に観察することができる。
サラは死骸に刻まれた紋様をひとつひとつ丁寧に紙に書き写し、刻まれた紋様を針でなぞる。
かりかりと乾いた音が響く。
犬に刻まれた紋様をなぞると、赤黒い粉がぽろぽろとこぼれてきた。
「見つけた」
思わず声が出た。
サラはその粉を集めて小皿の上に乗せる。指先で魔力を送り、成分を読み解く。
「女性の血液…かな」
サラは確認するようにつぶやいて、紙に記録していく。
その後も大きな生き物の紋様からは血液の成分が見つかった。いずれも女性のもので、それだけでは同じ人物かはわからない。
しかし、見つかった紋様は全部で三種類。そのうちの一種類だけに血液が使われていた。癖から判断しても、術者は三人いると考えられる。
サラは机の引き出しの奥にある隠し棚から、紙の束を取り出した。その一枚ずつに、ノキアの書物を解読してサラが考え出した紋様が書かれている。その束の中から適するものを選び、今日の情報と組み合わせて新しい魔法を考える。もともとはサラの好きな作業だった。
一刻ほどかけて、ようやく紋様が完成した。
サラは先日購入した赤い鉱石を取り出した。石は二種類。紅玉と柘榴石だ。
まず、小指の先程の紅玉に、考えたばかりの紋様を刻む。もう一つの柘榴石には少し異なる紋様を刻む。指先から魔力を送り込んで、それらを別々の袋に入れて外出用の鞄にしまった。
なんとか間に合ったようだ。
固まった肩をほぐしながら大きく息を吐いて外を見る。すでに日は高く上っていた。
「これでうまくいくといいのだけれど」
窓を開けて、机の上の可哀想な死骸たちに祈りを捧げる。杖を振ると死骸は白い蒸気となって窓から外へと消えていった。
サラは窓を閉める。
午後はコハクと会う予定である。どちらの服を着ていこうか、サラは中々決められなかった。
急いで食事を済ませ、身支度を整える。
唇に乾燥防止の蜜蝋を塗り込んでいると、どうしても先日の執務室での出来事を思い出してしまう。また触れてほしいと思う反面、これからどのようにコハクに接すれば良いのかがわからない。考えれば考えるほど、あの日はのことは夢だったのではないかと、いや、現実的には雰囲気に流されただけではないかと思ってしまうのだ。
その証拠に、コハクはまだ決定的な言葉を口にしていない。
「本当にわたしなんかが…」
鏡に向かって呟いたとき、ニーナがサラの部屋に入ってきた。
「わぁ、かわいいお花のドレスですね」
「ありがとう」
「宰相様とお出掛けされるなんて、羨ましいです」
「お仕事みたいなものですよ」
「鉱石の店とノキア様の知り合いのお花屋さんに行かれるんですよね。それでも羨ましいなぁ」
ニーナはうっとりと頬に手を当てて言う。サラは鞄を持って立ち上がった。
「皆さんには内緒にしておいてくださいね。宰相さまにご迷惑がかかりますから」
「もちろんです。お仕事ですしね」
「わたしがひとりで街へ買い出しにいったことにしてください」
仕事みたいなもの、というのはほとんど嘘だ。
次に会う理由があれば何でもよかった。しかし、建前でも仕事を持ち出さずに会いたいと言えるほど、サラはわがままになりきれなかった。
今日はわかりにくい場所にある紫水晶の専門店に連れていってもらうことになっている。コハクは二つ返事で了承してくれた。
会いたいのはもちろんだが、サラにはどうしても確認したいことがある。そのためにこの石を作ったのだ。
裏口へ出ると、すでにコハクが待っていた。
彼は今日も金色の髪が目立たないように、麻の外套を頭から被り、茶色の縁の眼鏡をかけている。
「お待たせしました」
「こんな格好で申し訳ありません。ファティマ司祭は今日も素敵ですね」
白々しいくらい型通りの挨拶をかわす。
ニーナが隣で「かっこいいー」と声を上げた。少し背中がむず痒くなるが、サラはそれを隠してニーナに耳打ちする。
「先程の件、よろしくお願いしますね。お土産は何が良いですか」
「お菓子なら何でもいいでーす」
ニーナはいたずらっぽく答えた。すごく女の子っぽい話をしている気がして、何だか恥ずかしい。
コハクは何も言わずに二人のやり取りを見ていたが、急に眉間にしわを寄せ、無言でニーナに歩み寄った。
「ななななんでしょうか」
「どこかお体の調子が悪いところはありませんか」
「わ、わたしですか。ぜんぜん普通です、はい」
コハクから急に話しかけられたニーナは、動揺を隠しきれない。すると、コハクは何事もなかったように「そうですか」と呟いて後ずさった。
サラにはニーナがいつもと変わりなく見えるのだが、何が気になったのだろう。毎日顔を合わせているから、逆に変化に気がつかなかったのかもしれない。
宰相の顔をしているコハクを見たところで、何を考えているか読み取ろうとするだけ時間の無駄だ。
「では行きましょうか」
「はい。よろしくお願いします」
コハクの後ろについて、サラは歩き出す。振り向くとニーナが小さく手を振っていた。




