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宰相閣下の宝物  作者: 半崎ゆま
本編
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春の日の出会い2

 国王の執務室を出て、長い廊下を進む。


「お荷物をお持ちしましょうか」

「結構です。ありがとうございます」


 ようやく切り出した話は一瞬で終わってしまった。客人を案内した経験は多々あるのだが、こんなに気まずい空気になったのは初めてだった。


 サラは大きな鞄を両手で持って、コハクの足元を見て歩いている。目を合わす気はなさそうだ。


 他国の要人や使者ではないのだから、無理に会話をする必要はないか。

 コハクは会話を諦めて目的地へと急ぐことにした。時々振り返って真後ろを歩くサラの様子を伺うが、サラは終始うつむいたままだった。




 兵士の宿舎の裏を抜け、細い道をしばらく行くと、草木の間に小さな石造りの祠が見える。最初の魔道具の設置場所だ。

 初めて来た場所のはずだが、サラは何をすべきかわかっているようだ。鞄を足元に置き、ゆっくりと祠に歩み寄る。手をかざすと石でできた扉が音もなく開き、中から乳白色の結晶が現れた。


「これが魔道具ですか」

「はい、強い魔力の流れを感じます」


 サラは結晶を手に取り、角度を変えながら観察しはじめた。細い指が輪郭をなぞると、黒い煙のようなものが浮かんでは消えていく。どうやらそれを手元の紙に記録しているようだ。


 しばらくして、サラは結晶を両手に乗せて目を閉じた。

 柔らかそうな髪の毛が風もないのに浮き上がる。サラの体から青白い光が放たれた。光は水のように滑らかに動いて小さな体を包み込む。やがてその光は結晶に吸い込まれるようにして消えていった。

 初めて見る、静かで清らかな魔法だった。


「終わりました」


 サラは表情を変えずに立ち上がった。ぼんやりと見とれていたコハクは、慌てて取り繕う。


「いかがでしたか」

「供給される魔力が不足したまま結界を維持していたようで、かなり劣化しています」


 手渡された結晶は、透き通った朱色に変化していた。よく見ると、表面にはびっしりと細かい模様が刻まれている。指差されたところに小さな亀裂が入っているのもわかった。


「一応浄化をしましたが、新しいものを用意した方がよさそうです」


 小声で伝えられた内容に、コハクは内心驚いていた。高位の神官にも手に負えなかった結界の修繕を、この少女は簡単にこなしてしまったのだ。頼りない見た目に反して、聖教会の司祭に指名されただけの力はあるようだ。

 サラが魔道具を祠に戻し終わったのを見て、コハクは声をかける。


「次の場所にご案内します」


 目を合わせずにサラは頷いた。




 同様に二個目、三個目の魔道具を浄化し、四つ目の設置場所に向かって小さな林の中を歩いているときのことだった。

 それまで後ろから聞こえていたサラの足音が、急に聞こえなくなった。振り向くと、サラは少し離れた木の下で胸に手をあてて立ち止まっていた。


「どうなさいましたか」

「申し訳ありません。わたし、歩くのが遅くて…」


 サラは苦しそうに肩で息をしていた。

 その震える両膝を見て、コハクは絶句した。

 長い移動の間、小柄なサラとの対格差を考慮していなかったことを思い出す。緊張していたサラはコハクに声をかけることもできず、ただ遅れないように必死についてきたに違いない。もともと体調が良くなかった上に、大量の魔力を消費している。体調を崩すのも当然だ。

 間が持たない気まずさから、サラへの配慮が欠けていたのは明らかだ。

 コハクは唇を噛んだ。


「城に戻って休みましょう」

「まだ、あとふたつ、終わっていません」


 下を向いたまま、サラは弱々しく首を振った。


「残りは後日で構いませんから」

「ですが…」


 サラの体が傾いた。コハクはとっさに手を出して、崩れそうになる体を支える。

 その体は驚くほど細くて小さくて、柔らかかった。


「大丈夫ですか」


 サラは青白い顔でコハクを見上げた。小さな桜色の唇が震えている。


「わたしの鞄の中に、青い瓶の薬が入っています。それを出していただけますか」


 コハクは足元に置かれていたサラの荷物を手に取った。それは見た目以上に重量があり、コハクはまた後ろめたい気持ちになる。


 鞄の中はきれいに整理されていて、青い瓶はすぐに見つかった。蓋を開けて手渡すと、サラは震える手でそれを受け取り瓶の中身を飲み干した。

 魔法をかけられた薬だったのか、効果はすぐに現れた。コハクの腕を支えに、サラは自力で立ち上がる。薄茶色の髪が揺れ、甘い香りが通りすぎた。


「申し訳ありません。ご迷惑をおかけしました」


 目を合わせずにサラは言った。


「もう少し休まれた方が…」

「いえ、もう大丈夫です」

「しかし…」

「本当に、もう治りましたから」


 泣きそうな顔で否定されて、コハクは何も言えなくなった。顔色が良いとはいえないが、無理強いもできない。


 遠くで夕刻を告げる鐘が鳴った。


 さすがに今から残りの魔道具を修理するわけにはいかない。サラは明日にも残りを修理すると言いだした。また無理をさせるわけにはいかない。

 コハクは一日ゆっくり休むように説得し、次は明後日に登城することになった。




 頑なに見送りは必要ないと言われたが、コハクはせめて出口までは荷物を持つと言い張って付き添った。出口で鞄を渡すと、サラはよそよそしく型通りの礼をして帰っていく。


 外堀にかかる橋を歩く背中を見送っていると、正門脇にある馬車の待合所から、見習い用の白い神官服を着た少女が飛び出してきた。少女はふたつに結んだ髪の毛を揺らしながらサラに駆け寄ると、その手から鞄を引き取った。


「サラ様! 遅いから心配しましたよ」

「わざわざ来てくださったの?」


 コハクに気が付いた少女は背筋を伸ばし一礼すると、すぐにサラに向き直る。


「お顔の色が優れませんが、もしかして浄化魔法を使いすぎていませんか?」

「…ごめんなさい。三個修理しました」


 サラは気まずそうに首をすくめた。少女が叫ぶ。


「多くて二個ってお約束したじゃないですか!」

「ごめんなさい」

「サラ様はお体が弱いんですから、無理しちゃ駄目だと言ったでしょ」

「残りは二つですから、次は大丈夫です」

「そーゆー問題ではありませんっ」


 怒られているのにサラの表情はどこか穏やかで、二人は話をしながら門の向こうに消えていった。


 手には先程の感触が残っている。


 コハクはしばらく立ち尽くしていた。

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