Escape must be─人間狩り
「は?」
俺にはテレビが何を言っているのかわからなかった。
正確にはテレビではなくアナウンサーだがそんなことはどうでもいい。
「なにを言っているんだ?」
俺が月野の顔を見ようとしたとき携帯が鳴った。
表示は樹理華。
メールは
『いそいで逃げて、殺される。』
の一文だけだった。
「月野…これ」
俺は信じられないような顔でテレビを見ている月野に携帯の画面を見せた。
「…これ樹理華からよね。」
月野は携帯を指差しおびえるように言った。
「うん、樹理華から。」
「殺されるって…」
月野はテレビと携帯の両方を見比べている。
自慢ではないが俺は頭の回転が速い。
月野も早い方だと思う。
それを見越しての樹理華からのメールだと考えるのが一番利口だろう。
「ようは、人間を捕まえて殺そうとしているわけね…。」
「多分な。」
テレビのニュースと樹理華からのメール、二つから考えられるのは国が人間を排除しようとしている、ということだ。
そこで俺は重大なことを思い出す。
「月野…お前たちのお母さんって…」
俺がそこまで言って気づいたのだろう。
「お母さん!」
そう、月野と星野の母、夢野さんは…
人間。
「月野!夢野さんの居場所は?」
「国家第一病院S棟。」
月野は淡々と答えた。
国家第一病院、国が管理している病院。
S棟、一般人は絶対に入れない国の研究施設としても知られている。
ああ、そうか。
月野は夢野さんを逃がせないと悟ってしまったのだろう。
月野は力が抜けたように一点を見つめて動かない。
正直、違う名前の病院の名前が出てきたらまだなんとかなっていたかもしれない。
だが、国一のSになると話は別だ。
国に全てが管理されている。
もう、国から逃げることはできない。
「月野!星野を探すぞ!」
月野が焦点の合わない目で俺をみる。
「お前たちは母親の安全の代わりに仕事をしていたんだろ!いくら国でもお前たち二人と張り合える力はない!今なら間に合うかもしれないだろ!」
「間に合わないよ…もう間に合わないんだよ!私は結局ママも…誰も助けれないんだよ!」
「月野!!!!!」
暴れる月野の手を握って俺は彼女の名前を叫ぶ。
「お前は魔術が使えるんだ。きっとできる。」
「でも!私は魔術を使いたくない!使わない!人を傷つけたくない!」
「お前の魔術は人を傷つけない!人を助けるんだ!」
「助けるの…?」
「ああ、お前にはその力がある。魔術がある!」
「傷つけない?」
「助けるんだ!夢野さんを…人間を…。」
月野は涙がたまった目を袖で拭き、いつものように口角をあげて笑った。
「助けるわ!」
それから、連絡のついた星野と水脈が屋敷に来た。
俺の両親はさすがに五十嵐の人間だということで捕まってはいないらしい。
樹理華は以前連絡がつかない。
いや、連絡はしない方がいい気がして、していない。
それよりまず、考えなくてはならないこと。
悪魔は本当に人間の指示で動いているのか。
町からどれほど人間が消えたか。
つかまった人たちがどこにいるのか。
この3点だ。
時間はそんなに無い。
だが無闇に動けない。
この屋敷なら、ニュースをみて来てくれた風音さんが守ってくれている。
さすがに聖天使だった人に魔力で敵う天使はそうそういない。
だから、できる限りのことはここでやっていきたい。
すべてを整えなくては。
勝たなくては…。