第83話 気配
夕方の街。
人の流れはまだ多い。
音が重なる。
足音。
話し声。
信号。
僕は彼女の横を歩いていた。
少し押される。
距離がずれる。
すぐ戻る。
「どうした?」
彼女が一瞬、足を止める。
「感知」
「感知?」
そのまま動かない。
視線が固定されている。
一点。
「類似生体データを検出」
僕は眉をひそめる。
「知り合いか?」
「不明」
即答しない。
わずかに遅れる。
「照合中」
僕は周囲を見る。
同じような人影。
区別はつかない。
「他人だろ」
軽く言う。
彼女は小さくうなずく。
「暫定判定:他人」
言い切らない。
保留が残る。
歩き出す。
流れに戻る。
だが、さっきよりわずかに歩幅が小さい。
周囲を見る頻度が増える。
視線の動きが速い。
「……」
人が横切る。
一瞬、視界が遮られる。
彼女の肩がわずかにこちらへ寄る。
接触ではない。
回避でもない。
中間。
「まだいるのか?」
僕が聞く。
「信号強度が低下」
「断続的に検出」
短く報告する。
また一瞬、止まる。
「質問」
遅れて出る。
「なに?」
「このデータは」
間。
「既存記録と完全一致しません」
僕は肩をすくめる。
「じゃあ知らない奴だな」
「はい」
肯定する。
だが処理は終わらない。
彼女の視線が一度だけ、僕から外れる。
人の流れの奥。
すぐに戻る。
「……」
言葉が出ない。
僕は少しだけ違和感を覚える。
「最近さ」
歩きながら言う。
「質問減ったな」
彼女はすぐに答えない。
数秒。
「観察優先」
「記録優先」
短く言う。
以前より簡潔。
僕は笑う。
「まあいいけど」
その時。
人の波が一度大きく動く。
前から人が押し寄せる。
彼女の位置が半歩ずれる。
僕の視界から外れる。
一瞬。
見えない。
「……」
すぐに、隣に戻る。
何もなかったように。
だが、
戻るまでの時間が、ほんのわずか長い。
彼女は何も言わない。
記録もしない。
内部だけが動いている。
「対象:未特定」
「優先度:上昇」
出力されないログ。
処理継続。
僕は前を見る。
彼女は隣にいる。
いつも通りの距離。
人混みの中。
それでも、
さっきから一度だけ、
彼女の視線が
同じ方向を追っていた。
本日分、ここまで読んでいただき、ありがとうございます。




