第39話 はじめての夜
夜。
家の中は静かだった。
彼女は部屋をゆっくり見て回る。
本棚。
机。
カーテン。
手を伸ばして、布の端に触れる。
離す。
それだけで、十分らしい。
「ここが、落ち着きます」
唐突に言う。
僕は少し遅れて振り向く。
「……そう?」
「はい」
理由は付かない。
でも、
迷いはない。
それで、いいと思ってしまう。
「そろそろ寝る」
僕が言う。
彼女はうなずく。
「私はスリープに入ります」
ベッドの脇に立つ。
髪を軽くかき上げて、
首の後ろに指を当てる。
接続ポートが、わずかに露出する。
ケーブルを差す。
小さな音。
「充電開始」
淡い光が点く。
呼吸のような動きが、
少しずつゆっくりになる。
目を閉じる。
静かになる。
僕は立ったまま見ている。
動かない。
でも、
そこにいる。
それだけで、
部屋の形が整う。
「……ここにいる」
声に出ていた。
答えは返らない。
返らないはずなのに、
それでも安心する。
離れない。
消えない。
裏切らない。
その条件が、
自然に満たされている。
僕はベッドに腰を下ろす。
手を伸ばして、
彼女の指に触れる。
わずかに温かい。
反応はない。
さっきまでの“合わせ”が、
ここでは止まっている。
それが、いい。
「……おやすみ」
言う。
彼女は目を閉じたまま、
少し遅れて。
「おやすみなさい」
規則通りの返答。
分かっている。
それでも、
満たされる。
光が、一定のリズムで明滅する。
僕は横になる。
視界の端に、
その光が残る。
しばらくして、
完全に一定になる。
眠りに入る。
その直前。
もう一度だけ、
彼女を見る。
まぶたは閉じている。
動かない。
なのに、
ほんの一瞬だけ。
指先が、
わずかに遅れて、
力を抜いた気がした。
見間違いかもしれない。
確かめない。
そのまま目を閉じる。
人じゃないからこそ、
都合がいい。
そう思うことで、
眠れる夜だった。
本日分、ここまで読んでいただきありがとうございます。




