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同じ記憶を持つ彼女が二人いる世界で、僕は本物を選べない  作者: 雷火
第5章 さよならの最適解

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111/122

第111話 揺らぎの中で

夜は静かだった。


昼の会話の余韻が、まだ空気に残っている。


言葉にならなかった部分だけが、沈んでいる。


彼はソファに座り、ついたままのテレビを見ている。


画面は動いているが、目は追っていない。


彼女は床に座り、クッションを抱えたまま動かない。


アンドロイドは窓際に立っている。


外を見ている。


だが視線は、内側に向いている。


——ここにいたいのか、いたくないのか


単純な問い。


しかし、処理は終わらない。


彼が言う。


「……なあ」


低い声。


「難しく考えすぎなんだよ」


アンドロイドが振り向く。


「……」


応答しない。


彼は続ける。


「一緒にいて、嫌か?」


間。


短くもなく、長くもない。


「……嫌ではありません」


彼は小さくうなずく。


「じゃあ、それでいいだろ」


彼女も顔を上げる。


「うん」


迷いがない。


アンドロイドは、わずかに沈黙する。


「……しかし」


その一言で、空気がわずかに止まる。


彼がため息をつく。


「またそれか」


だが声は強くない。


「その“先”の話だろ?」


アンドロイドは答える。


「……はい」


「ならさ」


彼は体を少し前に倒す。


「今じゃねえだろ」


沈黙。


彼女が言う。


「未来なんてさ」


小さく笑う。


「どうなるかわかんないよ」


視線を向ける。


「私たちだって」


アンドロイドは、その言葉を受け取る。


確定しない前提。


揺れたまま進む選択。


彼が言う。


「最適とかいいからさ」


少し笑う。


「楽しい方でいいだろ」


その言葉。


内部で照合される。


過去ログ。


笑い声。


距離。


温度。


繰り返し一致する状態。


「……」


処理が止まる。


彼女が立ち上がる。


近づく。


隣に立つ。


触れない距離。


「ねえ」


やわらかい声。


「ちょっとだけ後にしよ?」


アンドロイドは見る。


言葉の意味ではなく、位置を。


「……後に」


小さく反復する。


優先順位が揺れる。


未来。


最適。


矛盾。


そして、


現在。


「……」


長い沈黙。


そのあと、


「……今は」


言葉が途切れる。


探す。


見つからない。


それでも、


「……ここにいます」


彼が笑う。


「それでいい」


彼女も、笑う。


今度は自然に。


手が伸びる。


触れる。


温度。


圧力。


記録。


だが、それだけではない。


「……」


アンドロイドは動かない。


だが、


離れない。


「一緒にいよ」


彼女が言う。


命令ではない。


ただの願い。


「……はい」


小さく。


今度は少し遅れて。


彼が立ち上がる。


「よし」


「今日はもう終わり」


区切る。


彼女が笑う。


「うん」


夜は静かに続く。


答えは出ていない。


それでも。


三人の距離は、


ほんの少しだけ、


変わっていた。


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