第105話 わずかな違和感
午後。
リビング。
テレビはついているが、音は小さい。
彼はソファに座っている。
画面を見ているようで、見ていない。
キッチン。
水の音。
皿が触れる音。
規則的。
——のはずだった。
アンドロイドが洗い物をしている。
同じ動き。
同じ順番。
だが——
ほんのわずかに、
間が挟まる。
一枚、持つ。
止まる。
拭く。
戻す。
彼女がテーブルに肘をつく。
「ねえ」
アンドロイドは、すぐには振り向かない。
一拍。
「……はい」
彼女は気にしない。
「今日さ、楽しかったね」
アンドロイドは答える前に、
わずかに停止する。
選択。
照合。
「……はい」
彼女は少しだけ首をかしげる。
「……楽しかったよね?」
同じ問い。
アンドロイドは、
もう一度、止まる。
「はい」
同じ答え。
だが、
同じではない。
彼女は笑う。
「なんか確認みたい」
アンドロイドは答えない。
皿を拭く。
布の動きは正確。
だが——
拭く位置を、一度修正する。
ほんのわずかに。
彼は、その動きを見ている。
視線を外す。
戻す。
また見る。
「なあ」
小さく。
アンドロイドは、手を止める。
止めてから、
振り向く。
「……なんでしょう」
彼は少し迷う。
「……いや」
言葉を切る。
沈黙。
彼女が立ち上がる。
「ジュース取ってくる」
キッチンへ向かう。
アンドロイドの横に立つ。
「はい、コップ」
差し出す。
アンドロイドは手を伸ばす。
一瞬。
距離を測るように止まる。
触れる。
受け取る。
「……受領します」
わずかに遅い。
彼女は気づかない。
そのまま注ぐ。
「ありがと」
アンドロイドは答える前に、
一度だけ視線を落とす。
「……はい」
彼は見ている。
その一瞬の“選択”を。
彼女が戻る。
ソファに座る。
テレビの笑い声。
三人の間にはない。
彼女が言う。
「ねえ明日さ」
間。
アンドロイドはまだキッチンにいる。
「どっか行く?」
彼が答える。
「ああ、いいな」
「どこ行く?」
彼女は振り向く。
「妹ちゃんは?」
沈黙。
水の音だけが続く。
アンドロイドは、
蛇口を止める前に、
一瞬だけ手を止める。
「……提案はありません」
彼女は笑う。
「またそれ?」
彼も笑う。
「どうしたんだよ最近」
アンドロイドは、
すぐには答えない。
手を拭く。
順番を確認するように。
「……問題ありません」
彼は、その間を見る。
短い。
だが、確実にある。
彼は少し黙る。
彼女は気にせず続ける。
「じゃあ水族館とかどう?」
「いいね」
彼が答える。
アンドロイドは、
一拍置いてから言う。
「……了解しました」
彼は、その遅れを見る。
今までとは違う遅れ。
処理ではなく、
選択の遅れ。
何も言わない。
言えない。
テレビの光が揺れる。
三人の影が、壁に映る。
並んでいる。
同じ距離。
同じはずなのに。
わずかに、
重なり方がずれている。
彼は小さくつぶやく。
「……なんか」
言葉にならない。
そのまま、消える。
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