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ホームズの華  作者: よん
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File2 偽りの痕跡

「あー眠い。眠いよー。でも今夜中に完成させないと、くそーこんな事なら、昼間サッカーに力入れるんじゃなかった。お陰で足がボロボロ。ダルいし眠い。うん眠い…あっ、意識一瞬無くなってた。完成、すんのかなーこれ」


カタカタとスプレー缶を振り、壁に吹きかけていく。頭は寝ぼけていたが、壁に描かれる絵は洗練されていた。


これが学園デビュー。

中々悪くない。


描いた絵に満足し帰路へと付く。

足は眠気と疲労でよたよたフラフラしていた。




File2    偽りの痕跡




新生活も3日が過ぎる頃には、授業を始め色々と始動し始める。


黒板の文字を見れない千大にとって、授業は洗礼そのものなのだが、幸いな事に千大は耳が良く、頭も良い方だった。


何より千大は授業で名指しされる事はないので、あたふたする状況に陥る事もない。


こればかりは目が見えない者の特権だった。


これを特権とするのは悲しい気もしないではないが、誰だって悪者にはなりたくないのである。


学校自体、過度な負担を強いる事はしないが、過度な恩恵も与える事はないと明言している。


千大は光広以外の教師にとって、触らぬ神に祟りなしといった、アンタッチャブルな存在として認識されていた。


「そういや、メロンパン買ってきてくれた?」


なので、出来れば千大自身目立つ事なく授業を受け、テストでも迷惑にならない程度の点数を取りたいと考えていた。


つまり、授業中に話し掛けてくんなという事である。ただ、学校が始まって3日。これから最も長い時間を共有するクラスメイトから反感を買うのは得策ではなかった。


何よりメロンパンについての非は100%千大にある為、ここで無視を決め込むなんて事は出来るはずがなかった。


「ちゃんと持ってきたよ。後で渡す」

「マジ。やったね。なら今日は早起きなわけだ。ご苦労様」

「まあ、うん」


るいの言葉に千大は曖昧に頷いた。

確かにメロンパンは持ってきたものの、これは朝起きたら【謝罪用メロンパン】という点字書き置きと共に置かれていた物で、千大がわざわざ購入したものではなかった。


なので、匂いからメロンパンと分かるりはするものの、るいの求めるメロンパンであるかの保証はどこにもなかった。


曖昧に頷くのが限界というものだろう。


「律儀だな。犬に食われるようなずさんな管理してたコイツが悪いんだから、ほっときゃいいのに」

「ホームズ。アイツの鞄に入ってる物は全部食べていいからね。私が許可する」


「はあ?」

「あっ、でも、何か色々汚そうだし、ホームズがお腹壊しちゃうかも」


「俺は綺麗好きだ」

「自称でしょ。他人がそれを綺麗と思うかは別問題。現に私は汚いと思ったわけだし」

「んだと」


「そこ、さっきから煩い。静かに」

「…」


ようやくと言っていいのか、教員から注意が飛び、るいと泰虎の二人は静かになった。


「てめえのせいで怒られたじゃねーか」

「はあ?人のせいにすんなし」


いや、二人はあんまり静かにはならなかった。



「ねぇ。一条君はどの部活に入るか決めた?」

授業が終わり、さっさとメロンパンを渡してしまおうと、机の上で鞄を広げていると、一人の女生徒が千大に話し掛けてきた。


声と香りから日向の友人の一人だと分かる。名前は確か村上月姫。ホームズをやたらと撫でたがる女生徒である。


「まだ、決めてないよ」

「それなら、トリマー部とかどう?ホームズちゃんにもオシャレは必要だと思うもん。これでこの綺麗な髪を自由にぐへへ…」


「入りません」

「そんな事言わずに在籍だけでも。週に一度、いえ、週に二度髪を整えに来るだけでいいから」


「なんで数が増える?」

普通は週に一度の後にいえ、が来たなら月に一度といった譲歩の言葉が来るんじゃないのか?


「いいじゃんいいじゃん。タダで愛犬が可愛くなるんだよ?タダだよタダ。日本人はタダって言葉大好きでしょ?」

「タダより怖いモノはない」


そして素直になんか怖い。

表情は見えずとも、邪なオーラをヒシヒシと感じる。盲目の千大は一般よりも優れた第六感も持っていた。


「じゃあ、ワンカットワンコインでどう?犬だけに」

「うまい事言っても無理だから」

「わーん。泣いちゃうぞ」

「うるさいよ」


「駄目だぞ月姫☆ホームズばかりじゃなくて一条君にも興味を持たないと。これじゃあ一条君が付け合わせ扱い。牛丼で例えるなら赤い生姜、お寿司で例えるなら桃色のガリみたいになっちゃうのだぜ☆」


「あっ、そっか。そうだよね。私、生姜もガリも食べないから気付かなかった。あれが好きな人もいるもんね。うっかりしてたよ日向ちゃん」


「ん?」

つまり付け合わせとしても眼中になかったって事?盲目の少年が見えていないとか、ブラックジョークですか?


「月姫はナチュラルに糞人間すぎるのだぜ☆。でも、それが面白いからよし。高校でも同じクラスで良かったよホント」

「麝香猫のコーヒーが好きって言ったの、まだ擦るんだ、日向ちゃん」

「糞は糞でもそっちの糞とは掛けてないぜ☆ホントウケる」


不満気に頬を膨らませる月姫の隣で、日向はケラケラと笑ってみせた。


因みに月姫は「六法全書を愛読しながら、麝香猫のコーヒーを嗜んでいます」という、ちょっと

痛い自己紹介をした過去があった。


中学2年春の出来事である。


「なんであれ、きちんと一条君も見てあげないと。一条君は私の事なんて、全然見えてないけどねー」

「自分、盲目なんで」


「アハハ。ウケる☆て事で一条君は私と軽音楽部に入ろう。点字を撫でるそのエロい指裁きはきっと、いい音色を奏でると思うのだぜ☆」

「おい日向、ウチ等と一緒にバンド組むって約束は?」

「もち、組むよ。こっちは別件。先輩の誘いが断れなくてさー。一条君をいい感じに持ち上げて献上すれば許されるかなって」


「それ、ただの人身御供じゃん」

「おっー、星ちゃん難しい言葉知ってんねー。で、人身御供って何?ドラゴンボールの主人公だっけ?」


「それは孫悟空だ、てか、もしそうだとしたら全然難しい言葉じゃないだろ」

「だねー。で、星ちゃんの言うごくうって誰の事なんだぜ?」


「人身御供ってのは生贄って意味だ。人名じゃない」

「あー成る程。正解。一条君には内緒だぜ☆」


「僕は全盲であっても、全聾じゃないんだけど」

「えっと、まだそんなに仲良くもないのに、いきなり下ネタはどうかなーって思うなー。確かに私も下ネタっぽい事は言ったけど、それは言葉狩りが過ぎると思うのだぜ…」


「日向。全聾ってのは耳が聞こえないって事、ちんこの話じゃねーから。後、誰もお前がアナルって言ったなんて思ってねーよ」

「あー。そうなんだー。星ちゃんはホント全能だぜ☆なんでも知ってる。エロいエロい。じゃなくて偉い偉い」


「お前、わざとやってるだろ」

「うん」

「このっ」

「あいた」


笑顔で頷く日向に柳川星はゲンコツを落とした。

幼馴染で親友のような雰囲気を放っているものの、二人はまだ出会って二日目の、深みのない浅漬けのような関係だった。


なのでこの先、方向性の違いでバンドを解散する事になったとしても、それは全くおかしな事ではなかった。


「てか、名探偵を連れてて、昨日も見事に事件を解決したわけだし、一条は普通に探偵部や謎解き部とかじゃねーの?目が見えなくても推理やクイズを作ったりは出来るし」

「探偵部はやめとけ。新聞部とタッグを組んで、ある事ない事でっち上げてるって噂だからな」


月姫や日向からの勧誘が終わったと思ったら、次は名も知らない男子生徒が話し掛けてきた。


自己紹介は昨日終わっているので、知っておけという話なのだが改めて、千大は人の名前を覚えるのが得意ではなかった。


「なんであれ、部活解禁は今日の放課後からだし、断りの文言くらいは考えといた方がいいぜ。全盲だろうと早漏だろうと、恒河沙学園の部活勧誘は苛烈だからな」


男子生徒は「ふふふ」と意味深に笑う。

まるで、見てきたみたいに言う。お前も今日が初体験だろうに。


千大は心の中でツッコミを入れながら、チャイムも鳴って先生も来たのだから、さっさと全員自分の席に帰れと、強く心の中で思った。




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