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ホームズの華  作者: よん
10/14

偽りの痕跡 ②

恒河沙学園の部活動勧誘は苛烈。

これは。名も知らない男子生徒が千大に言った言葉なのだが、男子生徒の言う通り勧誘は苛烈を極めていた。


というより軽くホラーだった。

その事を象徴するように、ホームルームの終了と同時に教室の至る所で悲鳴が上がっていた。


一年生がいる教室の全てで。


ここが山の上にポツンとある高校でなければ、悲鳴を聞いた誰もが10番しそうな、事件性のある悲鳴だった。


「怖がらなくても大丈夫。私はホラー研所属の杵爽子。一緒に怖い事しましょう」

「い、嫌ですぅ」


「見惚れろ。俺は筋肉対話研究会。筋肉と友達になりたくはないかい?」

「な、ないっス…」


「筋肉との対話など必要なし。極限まで虐め抜いた際にあげる悲鳴こそ至高。肉体改造部にこないか?痩せるぜ?」

「それは、ちょっと惹かれるかも」


「若禿な君は帽子愛好会はどうだろう」

「転売部で一儲けしようぜ」

「モザイク処理部で桃源郷を探さないか?」


「いただき女子部で女を磨きましょう」

「美容整形部で真の美しさを」

「インスタキラキラ研で派手な高校生活を演出しましょう」


「さぁ」

「さぁ」

「さぁ」


恒河沙学園にしかないであろう、バケモノみたいな部や研究会に所属している者達が、部員を確保しようと次々に詰め寄ってくる。


誰もが知っている、野球部やサッカー部、バスケ部やバレー部といった運動部。美術部や吹奏楽部、茶道部や演劇部といった文化部の勧誘は一切ない。


なりふり構わず教室まで勧誘に来ているのは、新入部員次第で廃部が確定するような部活だからだと予想できた。


これは確かに、断り文句くらい考えておかないとまずそうだ。


「兎に角まずは体験入部してみよう」

「そうそう先っちょだけだから」


新入生が続々と怪しい活動をしている怪しい先輩達に捕まっていく。


そしてその手は千大にも迫ろうとしていた。


「ふむ。この騒がしさの中で眠っているぞ」

「違うわ。寝たフリをしてその場をやり過ごそうとしているのよ」

「それは賢しいね。ではこの子は、我が睡眠研究会が貰っていくとしよう」

「いやいや。この演技力は我らB級演劇会にこそ必要だ」

「違うわ。この危機管理能力はノストラダムス研究部にこそ必要な人材よ」


「…」

眠ったフリをしていた千大は、頭上から降り掛かる会話を耳に入れつつ、この場から逃げる方法を考えた。


こんな意味不明な部活を立ち上げ、今の今まで維持してきたような、行動力と持続力をもったヤバイ先輩に捕まれば、逃げ出す事は困難。


やるなら、一撃の一瞬で決める必要があった。


上級生襲撃による混乱や勧誘による阿鼻叫喚は収まってきている。


何人かは連行され、何人かは逃げ出してもいるから、逃亡経路の確保は難しいミッションではなくなったはずだ。


後は…。


「ホームズ。僕を安全な所まで案内して」

寝たフリを止め、大袈裟に立ち上がった千大は、ホームズに命令した。


椅子と机を鳴らし、大袈裟に立ち上がった事で先輩達が「うおっ」と怯む。


怯んだ隙を見逃さなかったホームズが教室の外に向かって勢い良く駆け出し、千大は後ろを追った。


「えっ?犬?」

「なんで犬?」


「どいてどいて」

「えっ、あっ、はい」


事情を知らない上級生が疑問の声をあげる中、ホームズと千大はするりと、勧誘地獄から抜け出した。


突然の事が起きた場合、人が取る行動は基本二つに絞られる。回避か停止だ。停止の場合思考停止を意味するから、厳密には行動に入りはしないものの、この思考停止も一言「どいて」と言えば、簡単に回避に誘導する事ができた。


「どいてどいて」


「きゃっあっ、チワワだ。可愛い〜」

「えっ、でもなんで犬?」


「犬がいぬ。なんて」

「つまんな。駄洒落オシャレ研で何を学んできたのさ」


魑魅魍魎が跋扈する一階を、千大はホームズと共に駆け抜けていく。


「わん」

一定距離進んだ所で、ホームズは速度を緩め小さく吠えた。この鳴き声は目の前に障害物があるという合図。リードの上がり方からして恐らくは階段がある事を意味していた。


足を擦らせるように動かし、一段目を見つけた千大はホームズに誘われるがまま、階段を上る。


なぜ階段を上るのかと思いはしたものの、千大がホームズに下した命令は安全な場所への案内。下よりも上が安全だと判断したのだろう。


因みに恒河沙学園は校舎が二つ存在し、1階は1年、2階は2年、3階には3年の教室があるといった、分かりやすい構造をしている。


階段を上る事はつまり、上級生の敷地に足を踏み入れるという事を意味しているのだが、上級生の敷地は穏やかで平和な雰囲気が漂っていた。


飢えた猛獣共は既に1階の餌場に群がっている為、例えるならここは、我関せずの猫達が自由気ままに徘徊する猫カフェのような感じだった。


王者の余裕と風格である。


「勧誘どうする?」

「テキトーで。有望な1年生が入って来ちゃったら、レギュラーの座が脅かされちゃう」

「そんな事言ってたら、先輩に怒られるよ」

「でも、どうせ何もしなくても入ってくるじゃん。凪ちゃん目当てでさー」

「それはそうかもね」


勧誘にやる気のない上級生が、千大の隣を通り過ぎていく。勝手に向こうから来るから動く必要なし。まさに王者の風格だ。


「…今、チワワいなかった?」

「いた。でも関わらないが吉。この学校マジで変なの多いもん」

「だねー」


「ホームズ、変なのだってさ」

心外である。

ただ、教室を襲撃した諸先輩方を見た今、マジで変なのが多く、関わり合いになりたくないのは同意だった。


同級生も、結構変なのが多い気もするし。


「おいおい。なんだよこれ?誰だよこんな事しやがったの!」

「酷い」


そんな事を思いながら階段を上っていくと、怒号とも取れる大きな声が響いてきた。


ホームズに誘われるまま階段を上ってきたとはいえ、千大はここが4階である事は理解していた。


「なんだなんだ?事件か?」

「これは中々、派手にやられたな映像研」

「宣戦布告だよな。これは…」


千大の目には見えないものの、映像研究部が使用する部室には、デカデカと怪盗の絵が描かれていた。





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