偽りの痕跡③
「いい絵じゃん。このまま残しておいたら?」
「確かにめっちゃうまい」
「馬鹿言え、これは映像を映す為のロールスクリーンであって、キャンパスではない。犯人を見つけて弁償させてやるのだ」
「部長、犯人に心当たりとかあるんです?」
「ない。恨まれる覚えもない」
「えっ、恨まれてる覚えないんです?」
「あるわけないだろ。誰が僕を恨むというのだ?」
「井上さんとか木下さんとか須藤君とか美山さんとか大城ちゃんとか金井君とか野宮さんとか白石とか染谷とか立脇さんとか石和田君とか田山ちゃんとか上田とか下北沢さんとか五十嵐君とか榎本さんとか力石とか…」
「おい、いつまで謎の名前を詠唱し続けるつもりなのだ。全部覚えがないぞ」
「そういう所が恨みを買うのだと思いますよ部長」
「兎に角身に覚えはない」
「身に覚えがない。つまり犯人の心当たりがない。つまり我々の出番というわけですな」
「お前は、確か推理研究会の小野沢」
「青年探偵部ですよ部長。名前は嶋野さんです」
「知っているわざとだ」
「こほん。ミステリー研究会の下北です」
映像研究会の部長と部員に派手に部と名前を間違えられたミス研の下北は、咳払いをし自己紹介をした。
「ププ。知っているわざとだ。全然知らなくて草。なんですか今のドヤ顔。傑作ドヤ顔集として映像に残しておきたいくらい憎らしい顔をしていました」
「貴様だって知らなかったではないか」
「私のはわざとです。部長に恥をかかせたくてやりました」
「僕がそんな程度のミス恥ずかしがると思うか?」
「思いません」
「その通り。人様に名前も覚えられていない、モブ顔のコイツが悪いのだからな」
映像研究部の部長はドンと下北を指差した。
その顔はナチュラルに人を見下していた。
「はぁ。恨みリストに下北さんも追加ですね」
「で、ミス研のなにがしよ。犯人は誰だ?」
「いや、それを今から探ろうどだね」
「なんだ、探偵というのは現場を一目見ただけで犯人が分かるものではないのか?」
「生憎と僕は探偵ではないので…」
「そうか。では犯人が分かったら教えてくれ。その間僕は奥で映像のチェックをしている。時間は3分あれば十分かな?」
「部長。世の中はカップラーメンみたいに簡単に完成しませんし、その時間で敵を倒して去れるのは、選ばれたヒーローくらいのものです」
「名も知らぬ凡夫な彼には不可能だと?」
「名前は名乗ってましたけど」
「あぁ、確かに。田所君だったかな」
「野島さんです」
「下北です。あの、僕もう帰ります…」
ミステリー研究会の下北は、大した調査をする事なく映像研究部から去っていった。
心が調査をする前に折れたからだった。
その後も探偵部や推理研部、白の組織や刑事部を名乗る者が訪れたが、すべて映像研究部の部長と部員に心を折られ、敗走していった。
映像研究部の部長が殺される事があれば、事件は迷宮入りするのではないか。
階段で座りながらその様子を聞いていた千大はそんな事を思った。
にしても、この学校は本当に変な部活が多いし、変な人間が多い。癖があり過ぎて盲目というとびっきりの個性すら埋没してしまいそうだった。
「にゃー」
「…」
「にゃにゃにゃー」
「…」
隣に人が座った気配を感じた。
そして、隣に座った人物からは常人ではない気配を感じた。
この猫真似が膝の上で眠るホームズに向けられ、ホームズの頭が撫でられているとかであれば、納得はできる。
しかしこの人物の視線は明らかにホームズではなく千大の顔に向けられていた。
盲目であっても、人の視線は突き刺さるし見られている事くらい分かるのである。
「無視しにゃいで欲しいにゃー」
「関わり合いたくなかったから…」
千大は本音を口にする。
1年間教室を共にするクラスメートであれば、苦笑いを交えつつ最低限気を使うのだが、この猫真似する人物は、クラスメートではない。よって気を使う必要は皆無だった。
「素直だにゃー。紫さんその素直気にいった。君を紫さんの猫友にしてやるにゃ」
「僕は見ての通り犬派なので」
千大はホームズの頭を撫でた。
実際は猫派にいつでも鞍替え出来る位に猫も好きなのだが、この状況で猫派を名乗る程千大は馬鹿ではなかった。
「ふーん。でも君の制服、猫の毛が付いてるにゃ。家で飼っていて、しかもそれなりに可愛がってるじゃにゃいかにゃ?」
「そんな事は…」
ある。今朝もバッチリでぶでぶの腹に顔を埋めてから登校している。あの太々しさが堪らんのだ。
「ちなみに君は犬派だから犬を連れているわけじゃないにゃ。君のハンデを補うために連れている。チワワだからあり得ないという事を紫さんはあえてド返しして、その子は盲導犬の役割を担っていると予想してみるにゃ」
「なんでそんな事」
分かるのか。
紫という名前に覚えはないし、声や匂いに覚えもない。何処かで千大の噂を聞いて知ったという事だろうか?
チワワの盲導犬を連れた盲目の少年が入学したらしい。確かにこんな噂なら、流れてもおかしくない気がした。
「人物を見て想像を働かせれば分かるにゃ。君は私を見ているけど、目線が合わないし、目の変化もないに等しい。紫さん自慢の胸の谷間を見せ散らかしているのに、視線が揺らぐ事すらなかったにゃ。つまり君の目が見えていないと予想するのは容易い。後は君の持ち物。盲目なのに杖を持っていないとなると、チワワが君にとっての目や杖の役割を担っていると想像すべきだと思わないかにゃ?」
「ゼロから、想像だけで辿り着いたって事?」
「ゼロじゃないにゃ。君という膨大な情報をただ分析しただけにゃ。でも、強いて紫さんに褒められる点があるとするなら、常識に囚われていないという事だにゃん」
「チワワの盲導犬」
常識に囚われていたならここには辿り着かない。
「でも君は中々常識に囚われていそうだにゃ」
「問題ある?」
常識は大切だ。
それさえ守っておけば、少なくとも不必要に煙たがられる事はなくなるし、生きやすくもなる。
「ない。でもつまらない。折角この学園に来たんだにゃ。人に迷惑を掛けないとか、気分を害さないように振る舞うとか、そういう優等生マインドは捨てた方が楽しいと思うにゃ」
「…」
「紫さんや映像研究の部長と関わり合いたくないと思ったなら尚更にゃ。この学園には変なヤツが多いにゃ。でもそれを変と思っているヤツは意外と少ないのにゃ。だから、変でない君に敢えて言っておくにゃ。君は今、君がつまらない人間である事を自覚した方がいい」
「僕がつまらない?」
「そっ。つまらない。変人で遊べないのは、君自身の人間力が低いから。人間力の低いヤツは総じて薄っぺらくてつまらないものにゃ」
「君は人間力が高い楽しい人間だって事?」
「紫さんの人間力は53万にゃ」
「語尾は猫なのに」
「にゃ」
紫は頷いた。そして立ち上がった。
「折角だし、紫さんの人間力を君に見せてやるにゃ。ついてくると良いにゃ」
「行かないって言ったら?」
「来い」
「…分かった」
一言凄まれ、千大は頷いた。
言い訳をしておくなら、元々断るつもりは千大にはなかった。
自身満々に語る紫の人間力とやらには興味があったし、千大をつまらないと評した紫が、本当に面白い人間であるかを見定めたくもあった。
目は見えないんだけど。




