偽りの痕跡⑤
「にゃにゃにゃーにゃにゃにゃにゃーん」
ベートーヴェンの運命を口ずさみながら、紫が歩き千大は紫の後に続いた。
階段を一つ登り、最上階の5階へと辿り着く。恒河沙学園は部の数が膨大にある為、4階と5階はすべて文化部に貸し出されていた。
宇宙と交信しようとしたり、黒魔術で魔物を呼びだそうとする部を文化とは呼ばない気もするが、人が営み作り出してきたものを文化と言う以上、これ等も立派に文化なのだろう。
例えば、ピラミッドなどが想像を絶するキショい理由で作られていたとしても、現代人は立派な文化として受け入れ、ロマンを妄想する。
文化とは作り出した者が偉いのだ。
「到着。ここが野宮英士が所属する美術部にゃ」
「ここって…」
「おっ、目が見えずとも気が付いたかにゃ?」
「映像研究部の真上」
ホームズに安全に先導されているとはいえ、それに胡座をかき、涎を垂らしながら、アホみたいな顔をしているわけでは千大もなかった。
千大とてきちんと考え、動いている。
ホームズに連れられながら千大は、学園を正確にマッピングしていた。
「正解にゃ」
「て事は、普通に間違えて入ったてオチ?」
「そんなオチかもしれないし、違うかもしれないにゃ。という事で、たのもー」
紫はガラガラと遠慮なく扉を開いた。
道場破りがするような激しさである。
「びっくりした。扉は静かに開けろ。壊れたらどうするんだ」
「その時は、校長に報告したらいいのにゃ」
「壊れた後の処理については言っていない」
「壊れたらどうすると聞いたのに、壊れたら後については言っていない。面妖にゃ」
「静かに開けろが、伝いたい事のメインだからだと思う」
「おお。にゃるほど。自分がそうして欲しい癖に、罪を他事に擦り付ける、日本人特有の文化を発揮したわけにゃ。理解理解」
「変な話し方しやがって。なんなんだお前」
「紫さんだ」
紫は自身の胸をドンと手で叩いた。
そして、耳のいい千大はその音に奇妙な違和感を覚えた。
紫が胸の辺りを叩いたのは間違いない。
しかし、響いた音はドン。豊満な胸と紫が言った時、目が見えない事実を千大は密かに悔やんでいたのだが、紫の胸が豊満でない可能性が音から浮上した。
「紫…あぁ、で、その紫さんが美術部になんの用だ?入部希望なら外で勧誘してる奴等に聞いてくれ。俺は何も知らん」
紫という名に何か心辺りでもあったのか、美術部員は一人納得したように呟き、紫に質問した。
「残念ながら紫さんに絵を嗜む趣味はないのにゃ。つまり要件は別件にゃ」
「え?若き絵師に目を付けてるくらい嗜んでるんじゃ…」
映像研究に言った言葉は嘘だったのか?
「担当直入に聞くにゃ。野宮英士は今どこにいるにゃ?」
「英士?あぁ、アイツなら今日は休みじゃないか?なんか風邪引いたらしいし」
「…それは、想定外にゃ」
犯人は現場に戻る。なんて言葉が推理小説や刑事ドラマにはよく出て来るのだが、犯人が家で休んでいるというのは、中々新しい展開だった。
家まで押しかけるなんて真似は、流石にしないだろうし。いや、紫ならするのか?
出会って1時間程度の関係であるため、千大には紫が何を思いどう行動するのか分からなかった。
「まっ、でも、いないならいないでいいにゃ。ちょっくら部室を見学させてもらうのにゃ」
「いや、帰れよ」
「部活の見学と体験は1ヶ月自由。このルールを捻じ曲げられる程、君は偉いのかにゃ?」
「ぐぬぬ…」
「という事で、少し見学していくにゃ。えっと、君はなんて名前だったけ?そういえば自己紹介して貰ってないのにゃ」
「一条千大」
「千ちゃんか。理解したにゃ。それじゃあ千ちゃん。体験入部と洒落込もうじゃないかにゃ」
紫は楽しそうに言う。
目の見えない千大にとって、美術部はもっとも縁遠い場所と言ってしまってもいい。
体験入部と洒落込んだところで、映るのはカラフルな筆やキャンパスではなく、真っ黒な世界だけだった。




