第102話「自由」
「……ここからだな」
剣を肩に担ぐ。
見上げた空は、拍子抜けするくらいいつもの色をしていた。
雲が流れている。
風が吹く。
遠くでは、どこかの設備が低く唸っている。
神崎がようやく息を吐く。
「ほんと、お前……最後までそういう感じなんだな」
苦笑とも呆れともつかない声だった。
在真は肩越しに軽く見る。
「……何がだ」
「何がって、全部だよ。あんなわけ分かんねぇとこまで行って、戻ってきて最初の一言がそれか?」
「……他に言うことあるか?」
神崎は一瞬黙って、それから笑った。
「ねぇな」
レオンもわずかに口元を緩める。
「……それでいい。妙に悟った顔をされるより、よほど信用できる」
「……だろ」
短く返す。
「……好きにやるか」
神崎が肩をすくめる。
「出たよ。それが一番厄介なんだよなお前」
「……褒め言葉だな」
「褒めてねぇよ」
いつも通りのやり取りだった。
その普通さが、逆に少しだけ救いになる。
レオンが空を見たまま言う。
「世界の側は、まだ君を理解しきれていない。たぶん、これから各地で遅れて反応が出る」
「……だろうな」
「混乱もする。利用しようとする連中も、怯える連中も出る」
「……勝手にしろ」
在真は淡く言う。
少しだけ、街の音が遠かった。
風の匂いも、前より薄い。
それでも不快じゃない。
戻れなくなった場所がある気はした。
でも、そこで立ち止まるほどでもなかった。
「……でもまあ」
神崎が手すりにもたれたまま、少しだけ真面目な声を出す。
「お前がそのままなら、それでいいんじゃねぇか」
在真は何も答えず、風の匂いを吸い込んだ。
乾いた金属の匂い。
少し遅れて、街の空気。
それだけで十分だった。
足元で、ガルが低く鳴く。
見下ろすと、こっちが妙に遠くへ行っていないか確かめるみたいに、じっと在真を見ていた。
「……なんだ」
鼻先が軽く手の甲に触れる。
いつも通りだった。
少し薄くなっていた手の感覚が、そこでちゃんと戻る。
「……いるな」
ガルはもう一度だけ鳴いた。
レオンが静かに頷く。
「……終わったっていうより、ようやく何にも縛られなくなった、か」
「……そうだな」
空を見上げる。
神崎がそこで、ふっと笑う。
「ちゃんとお前だな」
「……何がだ」
「匂いだよ。空気でもいいけど。何つーか、上まで行って帰ってきたやつの顔じゃねぇ」
「普通なら、もっと嫌な目するだろ。遠く行っちまったやつみたいにさ」
レオンも小さく息を吐く。
「……変質はしている。だが、変質したまま君でいる。それが一番厄介だ」
「……褒めてるのか?」
「半分は」
「……そうか」
空を見上げる。
空は少し薄い。
風も軽い。
それでも、邪魔がないのは悪くなかった。
「……悪くねぇな」
誰に向けるでもなく、そう漏れた。
風が吹く。
静かな世界は何も変わっていないように見えた。




