第三章 母の幸せ、少女のピンチ
ルークとカリュに出会って六日が過ぎた土曜日の朝。
私が家の郵便受けを覗くと、一通のエアメールが入っていた。
送り主の名前は「湯桶椿」と書いてあった。
「あ、父さんからだ」
私の父はハリウッドで映画の制作をしている。そのため、一年の半分以上もアメリカで過ごしている。
あ、断っておくが、父さんの仕事は監督とか、役者とか、脚本家とかそういった中心的なものではなく、一裏方らしい……って、詳しい内容は私も知らないんだけど。
父はなかなか筆まめな人で、電話ではなくこうして二~三週に一度の間隔で手紙を書いて寄こしてくる。
私は家の中に戻ってから、封を切って手紙を読み始めた。
『桃へ。
どうだ、元気にしてるか?
父さんの仕事の方はようやく半分が終わったところで、まだまだ先は長そうだ。
そう言えば、この間無性に和食が食べたくなってな、食材を集めて料理しようとしたんだが、こっちでは魚介類が少なくてな。
特に父さんの大好物のタコが全く見つからなくてな。
周りの連中が言うには「あれは悪魔の魚だから食べるようなものじゃない」なんて言いやがる。
全く、ブロッコリーやニンジンなんかは生のままボリボリ貪り食らうくせに、タコは食えないってのは一体どういう事なんだ?』
一枚目はそこで終わった。
あはは、父さんらしいなぁ。時々妙に子供っぽい所があるんだよね。
二枚目を読み始める。
『ま、話は逸れたが、そんな訳でしばらく帰る事ができそうにない。
すまんな、迷惑かけて。
帰ったらうまくて新鮮なタコを風呂桶いっぱいにして食わせてやるからな』
「いらないって、そんなにも!」
タコがいっぱいに詰め込まれている風呂桶の様子を想像してしまい、鳥肌が立つほど気分が悪くなった。
「って、なんかタコの話ばっかり……ん?」
これで終わりかと思ったら、二枚目の隅っこに続きがあった。
『P・S・
母さんが家に帰ると言っていたぞ。
おそらくは六月一五日の土曜日くらいにそっちに着くんじゃないか?』
へぇ、母さんが……って、六月一五日の土曜日?
「えっ……えええええええええ!?」
私の声が家中に響いた。
それって今日の事じゃない!何でこういつも突然なの!?
自由奔放、神出鬼没が特徴の世界を股にかける生物学者――それが私の母、湯桶楓だ。
連絡もなしに家に帰って来ては、またいつの間にか仕事の都合で海外に出かけていく、なんてことが日常的にある人だ。
だから、父からとはいえ、帰ってくる前に知らせが来る事の方が珍しい事なのだが、私が今焦っているのは別の問題があるからだ。
ちなみに、母は携帯電話を嫌っており、また父とは逆に筆無精な性格をしている。
「――とうした、もも?」
私の声に驚いたのか、居間のTVで戦隊ものの特撮ドラマを見ていたルークが部屋を出て近づいてきた。
ルークの姿を見ながら、やばい、という思いがさらに増してきた。
そう、こいつ。ルークとカリュ――二人の地底人という存在がいる事が問題なのだ。
「――新種の生物を発見するためなら、ピラニアのプールにだって飛び込む」
と、普段からそんな事を言っている母が、地底人なんていう誰も見た事のないような珍しい種族を見つけたらどんな行動に出るのか……まず、捕獲しようとするだろうし、その後で解剖までしようとするかもしれない。
言い過ぎだと思われるかもしれないが、母はそういう人間なのだ。
これは何とかしないと……
「なんだよ、もも?何でそんなに見つめてくるんだ?」
「ルーク、ちょっと来て」
「は?――うわっ」
私はルークの返事も待たずにつまみ上げると、自分の部屋に強制連行した。
部屋に入ると、私の勉強机の上でカリュがスパナを持ってトロッキーの整備を行っていた。
整備と言っても、別にトロッキーの調子が悪いとかそう言う訳じゃなく、日課のような物なのだとカリュは言っていた。
よっぽど集中しているらしく、私たちが入ってきた事にも気が付かず、トロッキーのねじを締め続けている。
私はルークをその横に降ろした。
「も、もも。俺、何も悪い事なんてしてねえよ!」
怒られると思ったらしく、少し身構えながら喚くルーク。
……私ってそんなにいつも怒ってばかりいる印象を持たれているのかな?
「――あ、ルー君。ももさんも、どうしたんですか?」
ルークの喚き声でようやく私たちの存在に気づくカリュ。
私は二人の顔をそれぞれ見てから言った。
「二人とも、これから私の言う事をよく聞いて、そして絶対に背かないで欲しいの。分かった?」
「きょ、強制ですか?」
「横暴な言い方だなぁ……」
「わ・か・っ・た?」
「わ、分かった」
私が顔を寄せると、その迫力に二人はコクコク頷いた。
「よろしい。これから人が一人家に来るんだけど、その人の前では絶対に地底人だと悟られないようにして欲しいの。つまり、絶対に動かずに、人形のようにしていて欲しいの」
「それは無理」
即答するルーク。
「だって、じっとしてるなんて、俺が耐えられ訳ないもん」
「そんな事自慢げに言わないで!」
その横で、カリュもまた渋く顔をしかめていた。
「やらないとは言いませんが、せめて理由くらいは教えてくれませんか?」
「そうね――」
ピンポーン。
私が説明をしようとした時、家のインターフォンが鳴らされた。
やばいっ、もう来たの!?
「ごめんっ!事情は後で説明するから、とりあえず今は言うとおりにしていて!」
「あ、おい、もも」
ルークの声を背に、私は部屋を出て玄関に向かった。
ガチャッ、とノブを回してドアを開けると、
「――あら?桃、いたの?」
ドアの先には三十代後半の女の人が立っていた。
「母さん……」
ナスの絵が貼られたプリントシャツに安物のジーンズという、あまりセンスの感じられないラフな服装に、適当に束ねられた黒色の長髪は間違いなく母――湯桶楓の姿であった。
「……って、あれ?」
母の左手にある棒状の物を見て、私は一瞬目を疑った。
それは、見た感じリレーのバトンの様に見えるが、その先端から生えている細い紐がそうではない事を物語っている。
……って、ダイナマイト!?
「なっ、何しようとしてたの、母さん!?」
私がそれを指さして叫ぶと、母さんはにっこり笑って、
「あら?だってインターフォンを鳴らしても誰もでないから、とりあえず扉を壊して中に入ろうかな、と」
「とりあえずでダイナマイトなんて使わないで!家ごと壊す気!?だいたい、鍵開いていたでしょ!?」
「あら?」
あら?じゃないよ。
ホント、一見穏和そうに見えながら、ものすごい過激な行為も平気でやるんだから……困った母親だよ、全く。
「ま、立ち話も何だし、入るわよ」
そう言って、母さんは私の前を通ってリビングに歩いていった。
「あら?なにかしら?」
リビングに入ったところで母の足が止まった。
何かあったのかな?……私も母の横からリビングを覗く。
『――この世に我らがいる限り、貴様らのような悪は許しておけない。ブルー、グリーン、レッド、三人揃って挑戦戦隊トライスリー、参上!』
リビングには特撮ヒーローの映っているTVと、その前にあるテーブルにちょこんと座っているルークとカリュ……って、おい!
「桃――」
母さんがルーク達を見て何かを言う前に私はダッシュでルーク達をつかみ上げ、さっと背中に持って行き、自分の体を壁にして、母さんに見られないようにした。
「――まだこういう番組ってあったのね…………あら?どうしたの、桃?」
「あ……いや……その……」
母さんが言おうとしていたのはTVの方だったのか。
とすると、ルーク達を隠そうとした私の行為は逆効果だったのかもしれない。
「桃?何を隠しているの?」
やっぱり……
不自然な体勢の私に母の注目が移ってしまった。
「桃?」
ゆっくりと歩み寄ってくる母。
「あ、あのさ、母さんに聞きたい事があるんだけど」
「何?」
母さんの動きが一時的に止まる。
「もしも、もしもだよ、今まで見た事のない生物を見つけたとしたら、母さんならどうする?」
「そうねぇ……」
母さんは頬に手を当てて五秒ほど考えてから、
「捕まえて観察するか、捕まえて標本にするか、捕まえて実験台にするか、捕まえて解剖するか……」
ひぃええええ。これはなんとしてでもルーク達を隠し通さないと。
ルーク達もびびっているらしく、母の一言ごとに冷たい汗が彼らを掴んでいる私の手にも伝わってくる。
「まぁ、そんな所だけど、それがどうかしたの、桃?」
うっ、どうしよう。何とかこの状況から逃げ出さないと……
――そうだ!
私はあさっての方向を指さして、
「あ!あんな所に見た事の無いような奇妙な虫が!」
「え?どこどこ?」
思惑通り、私の指へ視線を向ける母。
その隙に、母の脇をすり抜けてリビングから脱出する。
「う~ん、何も見あたらないけど…………あら?」
部屋に戻った私たちは揃って青ざめていた。
「これで分かったでしょ?解剖されたくなかったらおとなしく人形の振りをしていて」
ブリキのおもちゃの様に首を縦に振るルーク。
「あ、あれが地上人の本質か……」
「地上人って、やっぱり怖いです」
「う~ん、あれはどっちかって言うとマイノリティだと思うけど」
一応、地上人に対するフォローは入れておくが、びびりまくっている二人の耳にはあまり届いていないかもしれない。
「ねぇ、ルー君、もう帰ろうよ」
「う~ん」
弱気になっているカリュの提案を短く考慮したが、ルークは首を縦には振らなかった。
「いや、だめだ。戻った所で憲兵隊に見つかればやっぱりひどい事をされてしまう。帰るなんてできない」
「ルー君……そうだったね」
カリュの口調には、ややあきらめの色が混じっていた。
「ま、母さんの事だから二、三日もすればまた出て行くと思うし、とにかくそれまでおとなしくしててよ」
「……なぁ、もも。あれってももの母親なんだろ?」
「そうだけど?」
「だったら、ももが俺たちの事を説明して、説得すれば――」
「あ、それ無理」
あっさりとルークのセリフを遮って私は言った。
ルークの言いたい事も分かる。確かに普通の親なら、
「――この子達は私の大事な友達なの。だからお願い、解剖なんかしないで」
「分かったわ。あなたがそこまで言うなら、お母さんもう何もしない」
なんて事になるのかもしれないが、それはあくまで普通の親ならの話。
友人や家族の忠告を無視してでもアマゾンの奥地へ新種の生物を探しに行くような人が、私が説得した程度で地底人なんてレアな種族をあきらめるとは思えない。
つまり、実験台やら解剖やらを逃れるためには、ルーク達が見つからない、もしくは地底人だという事がバレない事が大切なのだ。
その事を説明すると、
「分かったよ。しばらくは人形のようにしてる」
ルークは深いため息をついた。
その日は正体がバレたらお終いという、昔のヒーローのような緊張感に家中が包まれながら過ぎていった。
翌日の昼食後。
「あー!じっとしているなんてもう嫌だ!走りたい、遊びたい暴れ……むぐぅ」
忍耐力のなさを証明するかのように突然騒ぎ出したルークの口を慌てて塞ぐ。
「ちょっと、静かにしなさい。バレたらどうなると思ってるの?」
「ふぐっ、ふぐぅぅっ、うぅ…………」
口を押さえられて次第にルークの声が小さくなった。
そして、声が消えた所で私は手を離した。
「ったく、もう少しの辛抱じゃない」
「んな事言われても、俺、動いていないと死んでしまう性質なんだよ」
「マグロかあんたは!」
「マグロ?」
眉をひそめるルーク……あ、そうか。こいつはマグロとか地上の生物なんか全然知らないんだっけ?
「なぁ、ももぉ。思いっきり運動――いや、せめて外の空気が吸いたいんだよ」
「外の空気ねぇ……」
私は少し考えてから、部屋の窓を全開にした。
「さ、どんどん吸って」
「そうじゃなくて!」
やや怒気を含んだルークの声。
やっぱりダメか……
「いやまぁ、外に連れて行くの何とかなるけど、前にあんたらが言ってた憲兵隊って奴らに見つかったらどうするの?追われてるんでしょ?」
「ふん。あんな鈍くさい奴ら、見つかったって捕まらねぇよ」
自信満々に言うルーク。その隣でカリュまで同意している。昨日まで「見つかる訳にはいかない」と言い続けて来たのに、そこまでじっとしてるのが嫌か。
期待を込めた二人の視線に、私は折れる事にした。
「分かった」
「やった!」
ルークの顔が輝く。
私は二人の前に大きめの手提げ鞄を取り出した。
「家の外に行くまでは母さんの目を逃れるためにこの中に入っててね」
「……狭いな」
少々不満そうだったが、ルークもカリュもは素直に鞄の中に入っていった。
「よし、じゃあ行こうか」
私がルーク達の入った鞄を両手で持ち、玄関までたどり着いた時、
「あら、出かけるの?」
「うっ…………」
後ろからの声に振り向くと、居間から母さんが出てきた。
「そう言えば、さっきあなたの部屋が騒々しかったけど、何かしてたの?」
「な、何でもないよ」
必死度ごまかそうとするが、その態度に母さんは逆に怪しむ。
「もも、ストレスでも溜まってるんじゃないの?何なら母さんがストレス発散に良い所へ連れて行ってあげるわよ」
「って、どうせまた、どこぞの密林に連れて行くつもりでしょ?」
去年の秋、同じようなことを言われて、この世の秘境に連れて行かれた記憶が蘇った。
「珍しい野生動物をいっぱい見られて楽しかったでしょ?」
「……その野生動物達にことごとく襲われたりしなければね」
あの時――ワニに追われヘビの大群に囲まれ、サルたちに石を投げつけられた時は十代半ばにして本気で死を覚悟したよ。
思い出しただけでも鳥肌が立ってきたので、頭を強く振ってその記憶を脳裏から追い出した。
「とにかく、なんでもないんだから」
「そう…………あら?」
残念そうにしてから、母さんの視線が私の手元に向いた。
「その鞄の中、今動かなかった?」
「え?」
問答無用で鞄の口を開いて中を見てくる。
「…………何かしら、これ?」
その中に入った人の形をした小さなもの達……まぁ、要するにルーク達なんだけど……を見て首を傾げる母さん。
ま、まずい、どうやって切り抜けよう?
そのとき、私の頭の中で豆電球が光った。
「それはね、友達がくれた人形なんだ」
「人形、ねえ……」
「うん、何でもその娘の父親が経営しているおもちゃ会社が開発した、最先端の技術を駆使した自動で動く精密な人形らしいんだけど、試作の物を貸してくれたんだ」
自分でも驚くほど口が滑らかに動いた。
母さんは、それでもしばらくじっとルーク達を見つめたが、
「ま、いいか」
ぼそっと呟くと鞄の口を閉じた。
「で?最初に戻るけど、どこに行くの?」
「えっと、ちょっとその辺をぶらぶらと散歩でも」
これは嘘じゃない。実際外に行くのは決めたけど、具体的な目的地がある訳じゃない。
「ふ~ん、気をつけてね」
母さんは手を振りながら居間に戻っていった。
その姿が視界から消えた所で、私は大きく安堵の息をついて玄関のドアを開いた。
「いやー、やっぱシャバの空気はいいなぁ」
トロッキーに跨り、大きく背伸びをするルーク。
「ももさん、本当に誰もいないんですねぇ」
「まぁね」
私たちが歩いているのは地元の商店街の裏通り。
古い上に近くに大手スーパーが出来たもんだから、閑古鳥が大合唱してるような所で、しかも今歩いているのは裏通りなので人通りはゼロに等しい。
本来なら寂しすぎる光景だが、人に見られたくない私たちにとっては好都合だった。
一日分の鬱憤を晴らすかのように、トロッキーに乗ったルーク達がせわしく飛び回っている。
「なぁ、あれは何だ」
私に寄ってきて、ルークが表通りの方を指さした。
その指の先には、所々錆び付いてはいるが、派手な外装をした店が建っていた。
「ああ、あれはゲームセンターだよ」
「ゲームセンター」
「つまり、遊ぶ所かな」
私が説明をするとルークがぷるぷると震えだした。
どうやら行ってみたくてうずうずしているようだ。
しかし、あのゲームセンターに行くためには表通りを横切る必要が……って、ここから見ても表通りに人がいる気配はないし、ゲームセンター内もガラガラだし、大丈夫かな。いや、経営的には大丈夫じゃないんだろうけど。
「行ってみたい?」
「いいのか?」
「うん」
私が許可するのと同時に、疾風のようにルーク達は飛んでいった。
やれやれ、と思いながら追いかけようとしたら、何故かすごいスピードでルーク達が戻ってきた。
「もも、大変だ!」
「どうかしたの?」
「いいから、来てくれ!」
そう言うと再び店の方へ飛んでいくルーク。
その様子にただならぬものを感じて私も店まで走った。
「こいつを見てくれよ、もも!」
店の前でそう言うルークが指さしているのは、人形とかぬいぐるみとかが入った透明のボックス。
「これって、UFOキャッチャーじゃない。これがどうかしたの?」
「中を見て下さい!」
カリュに促され、UFOキャッチャーの中を見る。
……と言っても、中に入っているのは特に変哲もない物ばかり……
「ん?」
と、その中にやたらとよくできた女の子の人形があった。
艶のある金髪とか、つぶらな瞳とか、ホントに人間をそのまま縮小したような……ってまさかね。
すると、ピクッ……動いた!?
「これって、まさか地底人!?」
「……のようです」
カリュが頷く。
透明なガラスを隔てた少女が私たちを――と言うか、同じ地底人であるルーク達を見つけるとガラスを叩きながら口をパクパクさせた。
何かを言っているようだが全く聞こえない。身振りと表情から助けを求めているのだということは読み取れるが……
「どうやら中と外では音が伝わらないようですね」
「ということは、こっちの声も向こうには届かないって事ね」
「もも!どうすれば助けられるんだ!?」
少女に応えてガラスを叩きながらルークが私に尋ねる。
私はボックスの隅にある円形の穴を指さして、
「その穴から下の四角い口に繋がってるから、なんとかしてそこに入ってもらえれば脱出出来ると思う」
答えながら、私は首を捻った。
問題はどうやって少女をその穴に入れるか、何だけど……
ルークが早速ジェスチャーをして、少女を穴に誘導しようと試みる、が
「………………?」
首を傾げる少女。どうにも伝わっていないようだ。
う~ん、どうしようか。
その時、私に一つのアイデアが浮かんだ。
財布から一〇〇円玉を取り出してUFOキャッチャーのコイン投入口に入れた。
「何をするつもりですか?」
私の行動を不思議そうに見つめるカリュ。
「まぁ、見てなさいって」
私の考えは至ってシンプルだった。
すなわち、UFOキャッチャーなんだからUFOを使って彼女を取り出す。
あまりやったことがないが、まぁ、なんとかなるだろ。
――そう言えば、優なんか滅茶苦茶うまいのよね、こういうの。
なんて、どうでもいい事を思い出しながら、私はボタンを操作してUFOを少女のちょうど真上に持って行った。
下に付いているアームがゆっくりと下がって少女に向かう。
そして、少女を捉え掴みにかかった、その時――
――ささっ、と少女が動いた。
「逃げるなぁ!」
つい怒鳴ってしまう私。
いや、彼女の身になって考えると、突然上からアームが近寄ってきた訳だから逃げたくなるのも分かるが……
仕方がない、もう一回チャレンジしてみるか。
「あの、ももさん?」
再度一〇〇円を投入しようとする私にカリュが控えめに口を開いた。
「あの、穴と下の口が繋がってるのなら、トロッキーでそこから入って彼女を連れ出せばいいのでは?」
「………………あ」
それは気がつかなかった。
「――助けていただき、感謝感激、気分爽快、歓天喜地の絶好調ですわ」
UFOキャッチャーから出てきた少女がいきなりマシンガンの様な早口を浴びせてきて、私たちは呆然としながらそれを受け止めた。
「本当にもう、地上に出て、うろうろしていたら大きなぬいぐるみがたくさんある所を見つけて、そこのぬいぐるみに抱きついてみたらこれがもう大変触り心地がよろしくて、それはもう(中略)それで気がついたらその中に入れられていたのです」
正直、耳と脳がついて行けなくて話の半分も理解することが出来なかった。
な、なんなの、この娘は?
「あ、そうそう、自己紹介がまだでしたね。私の名前はカーラ、そちらのお二人と同じ地底人です。なんで地上に出てきているのかは、私としては言いたいのですけれども、色々と複雑な事情がございまして言えないんです、ごめんなさい。ところであなた方のお名前は?」
聞いていることに精一杯だったため、ワンテンポ遅れて尋ねられていることに気付き、しどろもどろになりながら答えた。
「え……あ……も、桃です」
「ル、ルークだ」
「カリュ……です」
「そうですか。もも様、ルーク様、カリュ様、今日は本当にありがとうございました。私はこれから急いで行かなくてはならない所がありますのでこの辺で失礼させていただきます。このお礼は後に必ずさせていただきます。では、また縁があったらお会いしましょう」
言うことだけ言いまくって、少女――カーラは服の下に装備していたジェット噴射機を使って西の方へ飛び去っていった。
普段の私なら「なんでジェット噴射機なんて装備してるのよ!?」とツッコミを入れる所だが、今の私にそんな余裕はなかった。
「何だったんだ、あれは?」
呟くルークに答えられる者は誰もいなかった。
私たちはしばらく行動を停止しながら、マシンガンで蜂の巣にされた脳の修復に努めた。
――しかし、彼女、様付けで私たちのこと呼んでいたな。意外とセレブな人間なのかもしれない。
私がそう思えたのは、約五分後――脳みその修復が半分ほど終わった頃だった。
その後もしばらく散歩を続け、日が暮れてきたので私たちは家に帰った。
玄関のドアを開けると、家の中には人の気配が無くなっていた。
「あれ?母さん?」
呼びかけても返事がない。
居間へ行くと、テーブルの上にお世辞でも達筆とは言えない字で書き置きが残されていた。
『仕事が入ったので行ってくるわ。
今回は海外ではないので、またすぐに帰って来れると思うけど――』
はぁ、相変わらず多忙な人だね。
『――ああ、そうそう。二人の可愛い地底人達によろしくね――』
「ええ!?知ってたの!?」
「もも、どうかしたのか?」
私の驚いた声に驚いて、ルーク達が手提げ鞄の中から顔を出した。
しかし、かまわずに書き置きの続きを読み始める。
『地底人のことなんで知ってるのかって疑問だろうけど、それはすぐに分かると思うから今は教えないでおくわ。
それにしても、必死で隠そうとするあなたの様子はなかなか愉快だったわ。
それじゃあね』
「……な、何よそれ」
母さんは最初から地底人の事を知っていたのだ。
隠す必要など無かったのだ。
そう思うと、昨日からの精神的な疲れが一気に肉体に襲いかかり、私はその場に座り込んだ。
「……だったら、もっと早くに言ってよ~」
力無く、本当に力無く私は呟いた。
でも、ホントに何で地底人の事知ってたんだろう?




