第173夜 ウィニングパットに
草原の真ん中の駅にひとり降り立つ。見渡す限りの草原に一本の道。そしてそこには一台のマイクロバスが用意されているいる。運転席後ろの8席全てがファーストクラス並みのリクライニングシート。さてどうする。辺りを歩き回り電話をかけ運転手を探す。それともリクライニングシートに寝そべり運転手を待つ。私は迷わずキーがあるのかを確認し自らハンドルを握る。そして草原の地平線を目指す。今この時が交差点ならば迷いはしない、直感に従うのみだ。直感というのは当てずっぽうなどではなく蓄積が誘導する解だ。それ以上の僥倖を運と言う。運が降りて来ずとも、迷いを持たない最善策は直感に従うことだ。少なくとも後悔はしない。
加納健太は同期の坂本宏貞に酌をしながら聞く。
「俺は11月に定年を迎えるが坂本はどうする予定だ?」
「俺の場合は2月生まれだからもう少し先だが、全く違う場所で第二の人生を始めるつもりだ」
坂本は50過ぎから始めた家庭菜園にすっかりはまり、一昨年八ヶ岳の麓に休耕畑を借り毎週末通っていた。
「野菜作りというのは楽しいんだろうな。ということはそっちへ越すのか?」
坂本はおでんの大根を箸で二つに割り、さらに半分にしたものを口へ運んだと思うとその熱さに慌ててビールを流し込む。
「おお、死ぬかと思ったわ。移住な。富士見町の外れに古民家を見つけてな、敷地に大きめの畑もあったから即決だ。これから定年までコツコツと手を加えていこうと思ってる」
自給自足ならそんなに老後資金も心配はないだろう。羨ましくもあるが還暦は現代ではまだまだ壮年の部類だ。隠遁するにはまだ早い。
「おい加納、お前は俺がその地で隠遁生活でもすると思ってるだろ?」
相変わらず鋭い坂本は懲りずに新たな大根を、今度は2度ほど息を吹きかけ頬張り、
「今やどこに居たってほぼ同じ生活ができる世の中だ。むしろ東京なんかより田舎の方がずっとメリットが多い」
確かに坂本の言う通り毎日八ヶ岳を眺めながらとれたての野菜を食す。情報も文化もネットで困ることはないし、車を足にすれば玄関ドアがスーパーマーケットの扉のようなものだし、鱒の泳ぐ釣り場も近いし夏だって涼しいゴルフ場も安い。
「加納、お前は今俺の行くところがゴルフ天国だろうなって思ってただろう?」
どこまでも鋭い。
「まあ、富士見町を一度見てみるといい。絶対に気にいるはずだから」
芝目もアンジュレーションも読んだ。あとはスパットへまっすぐ送り出すだけだ。右手首の角度をフィックスし、弛まず丹田を中心とした太い体軸を右へ微動させ、肩から腕、シャフトからヘッドに至る直線の軌道をトレースするように元へ戻していく。あとは想定外の障害が潜んでいないならカップインだ。アイオノマ材のフェースに接したボールは軟質な音をわずかだけ残し、刻印が赤道の如く球体の周囲線になりながら一定の回転で転がる。若干のスライス傾斜を違わず進む。
坂本の図星の余韻だろうか今朝の夢はかなりのリアリティで、それだけになぜこのような夢を見たのか気になりベッドサイドのスマートフォンで夢判断を検索する。
#球が転がる夢は人生の進行状態を現します。真っ直ぐなのか途中から曲がるのか、意図的に曲げるのか何かのトラブルで曲がってしまうのか、速さは急いでいるのか遅れ気味なのか…#
意識下のことが球として現れるなど俄には信じ難いが、確かに社会人になって40年弱、数多の起伏を超え定年まで残るは半年。そう、定年というホールアウトまで残るはあとパット1打みたいなものだ。これが勝者のウィニングパットとなるのか、プレーオフにもつれ込むのか…、では何を持ってウィンとするのか。更なる昇進、長年の達成感、その価値判断は自身に委ねられている。ならば、納得の行為をしたかどうかしかない。何千回と行ってきた方法で、何千日と積んできた感覚で最後のパットを行うのみだ。その球は最後は必ずカップに収まる。コトンと鳴るその瞬間はただの一区切りでしかない。新たなコースで1番ホールから周り出せばいい、ただそれだけのことだ。




