残った答え
「嫌な…感じがするなぁ…まるで義政さんみたいや。…鳥肌が立つ気持ち悪さがあって…なんて言えば怒られそうやけど」
肩をすくめて笑う北上。その頬には一筋の冷や汗が流れていた。それも無理は無いだろう。目の前にいる男は明らかに何か異質なのだから。
「ふ、史人!だ、大丈夫なのか?」
「お兄ちゃん!戻った…よかった!」
そんな、明らかに違う気配を醸し出していながらも変わらずに心配をしてくれる相馬と美沙希の二人。
「………あぁ…思い出してきた」
そう呟き、錆びた刀を顕現させる。その動きはいつもより、遥かに洗練されているように感じたと思ったら目の前から史人は消えていた。
いや、違う。消えた訳では無い。消えたと錯覚する程素早い速度で移動したのだ。
では、どこに?
「どういう状況かじゃなくて…優先順位をだ」
「痛っだぁっ!ひぃぃっ!」
鮎川の手の甲ごとスマホを貫いた史人の刀。その鋭さも、技術も、斬れ味も格段に上がっていた。
「ほ、本当に史人なの…か?」
しかし、何より目を疑ったのはその躊躇の無さだ。史人はなんだかんだ鮎川には酷く甘い。それは幾度も裏切れても、その決定的な一線を決して越えはしなかった。
「史人、史人ってうるせぇな。見りゃ分かるだろぉが。お前の言う史人ってのがどんなのか知らねぇがよ。今の俺はコレだ。それ以上でも以下でもねぇ」
右手を貫かれて地面に打ち付けられた為に這いつくばりながら、痛みに震える。それを感情の感じさせない瞳で見下ろし、勢いよく刀を引き抜く。
「アアアァァァァアッ!」
悲鳴を上げて蹲りながら手を抑え、痛みに耐える鮎川を蹴り抜いて完全に意識を刈り取る。
「何より先に潰すべきだった。恋の盲目ってのは厄介なもんだ」
「な、何をするんだ!史人!」
「何って…さっきの女しかり…そこにいる男しかり。援軍を呼ばれ続けられたら面倒だろうが。だから、先に潰す。理論的に考えたら当然の事だった」
確かにその通りだ。理論的に、優先順位的に潰すべきは鮎川であることは正解だ。しかし、その思考には感情がすっぽりと抜けている。
「………お前はやはり史人じゃない。史人は……そんなことはしない奴だった」
「剣を向けずに。友達の成長を喜んでくれよ。感情に支配され、自身の命…いや。美沙希すら危険に晒してしまった愚かな奴じゃなくなったってよ」
「……確かに愚か、かもしれない。けど、僕はそんな愚かな史人が好きだったんだ。なにより、そのあり方は僕の正義に合致していたから。眩しかったから!でも、今の君には眩しさは感じない!」
「いい事を教えてやるよ。錆びた刀は……芯まで錆び付いた刀はもう輝く事はねぇんだ。お前が感じていた眩しさは、ただのお前が見たいだけの幻想だ」
「話は終わりやな。相馬……俺も一緒に頭を下げたる。そいつを捕まるで、国家魔術師として。アレはもう、お前の知ってる親友じゃあらへんから。覚悟キメェや」
「…………お願いします。北上さん、今回は見逃して貰えないでしょうか。必ず…必ずもう一度僕が」
「残念や、相馬。お前やっぱり国家魔術師向いてないかもしれへん。優しすぎるで」
少し失望したように、でも優しく相馬の意識を刈り取る。倒れる相馬を抱きとめ、地面に寝かせた手付きは丁寧であった。
「さぁ、不良少年。逮捕の時間や。お縄につきぃ」
「そう言って大人しくお縄についた奴がいるなら、そんな殺意に満ちた目を向けたりしねぇはずなのによ。公務員の義務ってやつか?」
「せや、大人は大変なんやで。お前みたいな跳ねっ返りのガキを力で押し潰さなあかんからな」
北上の手に握られていたのは巨大な大剣。大きな身体と相まって様になっている。
「お兄ちゃん……どうする。ここは…」
「………………美沙希。ここは俺に任せて、大井を探してきてくれないか?」
「ま、待って!でも、1人じゃ」
「大丈夫だ。問題ない、お兄ちゃんを信じろよ。それに、この結界の中にいたら命がいくつあっても足りない。早く大井と合流してここを出ないと」
「………わかった。でも、無理しないでね。ダメだと思ったらすぐに逃げて」
ここでいくら戦っても意味は無いのは美沙希も理解している。ここはなにより、大井との合流が最善手だ。結界を粉々に砕き逃げることも出来るのだから。結界が消えたとなっては国家魔術師も大それた動きはできなくなる。逆になぜ、大井はそれをまだやっていないのか謎だがなにか理由があるのだろう。
優先順位だ。何より美沙希を逃がす。一番安全なのは大井と二人でいること。それは、史人と美沙希の二人より遥かに生存率が高い。無論美沙希の生存率であって。史人自身の生存率は著しく下がるが。
元のままであったら。
今は違う。力を手に入れた。悪魔の力である高い治癒力と、無尽蔵の魔力。後は、あの理想の自分との長い長い戦いで手に入れた戦闘スキル。
それは格上だろう北上にも、なんとか戦える体裁を整えるだけの力量には至っていた。
「……悪魔に感情を吸われた…ってわけやなさそうやな。吸われていたら最愛の人やろうが、殺しているはずや…よー分からなんな。おまえ」
「…………………」
当たり前である。別に悪魔に飲まれた訳では無いのだ。奪われるものなど何も無い。ただ、長い長い戦いという名の虐殺に耐えた心は確かに疲弊はしていた。無駄を省き初めて、最善手を求め続けるようになるのも時間はかからなかった。
史人の本質は変わっていない。ただ、己に纒わり付く無駄を省いただけだ。そして、より強固に何が一番大事かを再確認した。
戦って、殺されて、痛くて、心が折れそうな時、最後の防衛線は常に自己顕示欲でもなければ鮎川でも相馬でも無い。
美沙希だ。
それは、悪魔に殺される度に強く刻まれていく。強いと思っていた自己顕示欲も所詮ちっぽけで簡単に折れるものだった。
結局他力本願。己のためではどこまでも脆い。心が削れていく戦いで徐々に要らないものを削ぎ落として残ったのがそれ。
「1周回って安心したぜ。俺のこの心がただの自己満足の為の偽物かもしれないと思っていたが…削られて残ったのがこれ一個だ。もう、疑いようもなく俺は正真正銘それのためだけに生きている。……馬鹿の1つ覚えは強ぇぞ?」
ニヤリと笑い、錆びた刀を一気に数十本一気に展開しそのうちの二本を両手に握る。
「……二刀流…?」
「それは終わってみねぇとわかんねぇなぁ!俺の刀は使い捨てたからよッ!」
魔力は無尽蔵だ。最初から全力、全開だ。なんなら、一度に流せる限界すら越えて身体に流し筋繊維がブチブチときれても治癒力の高さがそれをすぐに修復してくれる。
やっていることは完全に人外の特攻。史人の反応速度がギリギリ追いつく速度の猛攻を仕掛ける。
「フンッ!」
大剣使いの北上は最初はあまり動かず、様子を見るつもりらしい。大剣の幅の広さが盾のような役割を果たし史人の限界を越えた速度の攻撃の殆どを弾かれる。いや、砕かける。
錆びた刀の耐久力は低い。今の史人が全力で作り上げた刀でも、限界突破の身体能力強化している腕から繰り出される一撃に刀が次々に砕けていく。
「随分と脆い…ッそういう事かいな!」
「四刀目ェ!」
砕けた瞬間。手を返した時にはもう両手には新たな錆びた刀が顕現している。そのまま返す刀で切り上げた。それも、砕け散る。
一撃を当てるだけで刀が砕ける。しかし、魔力は無尽蔵だ。顕現速度も神ががっている速さ。
大剣を盾がわりにしているから分かる。一撃ごとに身体の芯に伝わる衝撃。
北上は国家魔術師の中でもかなり上位の存在だ。それでも、攻めに転じることが出来ないほどの猛攻。なるほど…、これは強敵である。実力はひどく下だが、悪魔の力と思い切りのよさ、何よりこの守りを完全に廃した攻め。
「……万全を期すために…一度退いた方がええな…」
幸い攻めには転じることは難しいが、守るだけなら容易だ。このまま下がって…と、じりッと足を少し下げた瞬間。己の大剣にありえない音が聞こえる。
ピキリと軽くヒビが入ったのだ。これほどの猛攻、勢いは凄まじいが錆びた刀という特性上より硬い己の大剣にヒビをつけるのは無理だと思っていたが…やはり思ったより一撃が強いと思った方がいい。と、そのヒビを直そうと魔力を送ろうとするが。
「油断したなッ!遅せぇェ!らぁァァ!」
史人がそう吠えた瞬間、ヒビはより広がりもう修復不可能になった。
「ん…な、アホな」
バギィッ!と砕け散る己の大剣を呆然と見る。ありえない、あそこの状態からここまで一気にやられるなんて。錆びた刀だけでは決してありえないのだ。
「ハッ!やっぱりこのナイフめちゃくちゃ硬ぇな!貫いたぜぇ」
砕け散る大剣の破片と一緒に落ちる簡素なナイフ。パッと見て武器魔術には見えないほど小さいナイフ。この男は二種類の武器魔術を?ありえない!
「お前の敗因はロリコンじゃねぇ事だ!死ねやぁ!」
「意味が…っ!?そーいうことかいなぁ!」
視界の端に捉えた少女の姿。自身の敗因を知った瞬間に胸に突き刺さる無数の錆びた刀。
今度こそ身体に直接刺し込まれた刀の威力に死を確信し、膝をついて倒れるのであった。




