地獄へようこそ
「さぁて、家族が増えた今。早急にやるべき事がある」
狭い部屋の真ん中にある今の時期にしては少し早い炬燵を囲み暖を取る4人。早急にやるべき事?史人にはやる事と聞くことが多すぎて何から手を付けていいか分からない程だが…それ以上の事とは。
ゴクリと唾を飲み。大井の言葉を待つ。腕を組み、気難しそうな顔で重々しく口を開いた。
「部屋を分けるぞ。男二人と女二人の同居は家族とは言え気を使わねばいけないからな。部屋を仕切るのに必要な物を買いに行くぞ…ナトリに!」
「「「…………」」」
肩透かしを食らったのは史人だけではないはず。確かに……確かに必要な事ではあるが…やはり何処か普通の人とは優先順位が違う気もする。小市民のようでいて、何処か感覚が随分と違うことに戸惑いを隠せない史人と美紗希。
青葉はある程度なれているのか、驚きはしないが炬燵からは出ない。出発する直前まで、暖まっていたいのだろう。なるほど、ここにいる人は少しづつ認識がズレているという事なのだろう。
というか、史人と美紗希は(本当は義理だが)兄妹であるためにギリギリセーフであっても。史人と青葉の同い歳の二人は不味い。というか、大井と青葉との二人暮しもヤバい。結界の中でなければロリコン容疑で御用である。
「勿論全員でいくぞ。ほら、準備しろ」
ウキウキと楽しそうに準備を始める大井に。溜息を吐きながらノソノソと炬燵から出る青葉。史人達は準備も何も最初からこの身1つ。貰ったパーカーを来ている位だ。
壁にかけられている青いパーカーが青葉のパーカーなのだろう。それを着て準備完了かと思いきや、突然上着を脱いで上半身、下着姿になる。
「うお!?おお!?」
「な、なに!何やってるのよ!お、お兄ちゃんは見ちゃダメ!」
ここで酷く動揺するのは童貞の悲しさか。すぐに目を離せないのも、童貞の飢えによるものか。まぁ、すぐに妹の美紗希に首ごと後ろを向かされたが。ゴキリというへんな音は無視しよう。
「…?何って…外寒いから着替える」
「それはそうだけど!けど!お兄ちゃん!大井さんだっているでしょ!」
「……家族に裸見られても気にしない」
家族。青葉は青葉で、大井が連れてきた家族を頑張って受け入れようとしているのだろうか。
「……青葉…頼むから。父さんいないところで着替えてくれって何度も何度も言ってるだろ…」
大井も目を逸らしながら、弱々しく注意をする。どうも、仕事はバリバリでも家庭では弱い世のお父さんの姿まんまである。
「……いや、めんどくさい」
「…大井さん。早く買いに行きましょう。この子、人の話聞かないタイプよ。…お兄ちゃんには危険すぎるわ」
兄の背を押して部屋から出る史人と美紗希。若干顔を真っ赤にして悶々としている兄を見て口をへの字に曲げて不機嫌そうだ。美紗希の中でも部屋を分ける設備の購入は最優先事項となったのであった。
「っと!もうこんな時間か…、車をそろそろ返さねぇといけねぇな。すまねぇが、先に帰っててくれるか?青葉、案内を頼むぞ」
ナトリで必要な物を買った後、大井が少し焦った様子で駐車場に走っていった。レンタカーであったらしい。……まぁ、家賃六万円のボロアパートに暮らしている位だ。余裕も無いのに車など持っているはずも無いよな。
「ん…わかった。行く…付いてきて」
家からナトリという、家具や雑貨を売っているお店まで歩いて15分位だ。あの世紀末世界の結界から抜けて、大型の商業施設が並んでいるところにある。ここまで車できたが、帰りは歩きになるようだ。
荷物等は男である史人が全て持ち、あのボロアパートに向かって歩き始める。
店が次々に閉まり始める時間。それでも、ここら辺は深夜までやっている店も多く光が消えることはない。
「……………」
「……………」
歩いているあいだ。会話は皆無。青葉はもとより無口なタイプであるし、史人も特に喋ることが無い。というより青葉は父と慕う大井を、一切父と認める気が無い史人に対して少し思うところがあると史人は思っていた。勿論、改める気のない史人から話かけることも無い。
「…うぅ…」
美紗希も表情の硬い史人を見て、少し居心地が悪そうだ。それに、これからあの日常的に死体が転がっている地域に戻ること自体に恐怖を感じているというのもある。
「………美紗希…手…繋ぐか?」
「……うん」
史人がこんな所まで変な意地を張って美紗希を不安にさせるのは本末転倒だ。不安そうな妹の手をギュッと握って、ほんの少しでもいいから安心させる。
「……分かってると思うけど…気を抜かないで…ここじゃ…その服…意味無い…から」
何かを抜けた感覚があったと思ったら周りの景色が豹変する。心準備も何もなく、本当に突然変わったのだ。驚きと共に身をかたくする。
「意味無い…って。魔術師にはこのパーカーは通じないってことか?」
国家魔術師であった相馬達には気が付かれずにすんだが…。あれは偶然な訳が無い。血なまこになって探している相馬から見つからなかったのは確かにパーカーのおかげだ。
「この魔術式は重ねがけ出来ない…から。そのパーカー…この結界と同じ…だから」
「……えーと…」
つまり、この認識阻害の結界と認識阻害のパーカーは同じような魔術で、重ねがけが出来ない類の奴らしい。この結界事態がより強力な認識阻害の魔術のためにパーカーの認識阻害の魔術は作動しなくなる…ということだろうか。
「…ん。そう」
「…なるほど…助かる」
「…家族になる…から…当たり前の事。……………あと、それと…私の事は青葉姉さんって呼んで…私が最初…だから…お姉ちゃん」
……少しだけ青葉という人が分かってきた気がする。家族という関係を重要視する、無口で何処かズレているが面倒見が良く優しい少女。
「……家族に……なるか…」
大井を父親だと認めることは出来ないが、大井が望む家族にはなれるかもしれない。いや、なっていかなければならないのだ。その為にはいつまでも意地を張り続ける訳にはいかない。譲れる所は譲り、こちらからも歩み寄る必要がある。
それになにより、青葉の少し不安そうな顔が新しい家族に対する距離感の取り方が分からないというのは互いに同じだという事がわかったのだ。
「おーけい。これからよろしくな、青葉姉さん」
あちらから歩み寄ってくれた。なのに意地を張るのは失礼だろう。多分、青葉の望む家族の関係。家族に敬語は必要は無い。今自分が出来る笑顔で改めて挨拶をする。
「…………生意気…」
そう言って顔をぷいっと史人から背ける青葉。それに、あれ?失敗したかなと冷や汗をかく史人の手を繋ぐ美紗希は逸らした顔をしっかりと見ていた。
「………美紗希は…もしかしたら…青葉さんとは仲良く出来ないかもしれない…」
そう誰も聞こえない声でボソリッと呟いた。何故なら、顔を赤くして堪えきれないニヤニヤを必死で抑える青葉の姿を見たから。姉と呼ばれる事が嬉しいのだろうが、美紗希の敵になれる可愛さが、姉妹が増えた事による史人からの愛の減少が、なにより懸念され美紗希は恐れている。
「お兄ちゃんは……私だけの…ものだから」
その目のハイライトが消えている事に美紗希自身すら気がついていないのであった。
「…ん。史人。下がって」
「…?…ッ!そういうことか!美紗希!」
突然足を止めて史人に下がるように言う青葉。史人は少し遅れて迫り来る危険に気がついて美紗希を抱いて後に急いで下がる。
美紗希はさりげなく史人と呼んだ青葉に不満そうだった所に、いきなり抱きかかえられてすぐに顔を朱色に染めて機嫌を直す。
…もう、妹がしていい反応ではない。その事に史人はここでも気が付きはしない。
「美紗希を守って…私がやる…」
「言うじゃねぇか。魔術師になったばっかで調子に乗ってるんだろけどよ、ここじゃ通じねぇってことを教えてやる」
「あぁ、裸にひん剥いてヒィヒィ言わせてじっくりとな」
「ひゃはははっ!」
そう言って現れる3人組の男達。下品な笑を浮かべてジリジリと近づいてくる。格好も擦り切れた服を着ている所を見るとあまりの裕福な暮らしはしていない事が分かる。というより、屋根のある所で暮らしていないのだろう。聞いた話によるとこの狭い結界内に多過ぎる位の野良魔術師がいて、住処を持てない者も少なくないのだ。この半径500メートル以内の範囲にある住宅では到底足りないのである。
だから、家を手に入れる為にそこの部屋の住人を殺し奪い取る。大家は人が誰になろうと金さえ入れば問題が無い。それでなくても、金が欲しいから殺すとかも普通にあるところだ、この位で驚いていたらキリが無い、らしい。
ちなみに、家賃の値上げや既存の家やアパートを壊すことは禁止という暗黙のルールとなっている。この場では新たな家を建てることなど至難の業なのだ。無秩序の中で出来た秩序というのは厳しい。破った者への制裁は大概、死だ。
この結界内は特にその争いが多い場所だという。時期もそろそろ冬になろうとする頃。寒くなり始める中、せめて屋根のある所で過ごそうと路上で寝ていた人達が動き出す。
「…よく喋る…面倒……早く帰って炬燵で暖まろ」
「…このガキ…」
意識的か無意識か、家の無い者を煽る青葉。歯を食いしばり、睨みつける。この寒い中、暖を取る事がどれだけ大変か。どれだけ寒く、ひもじい思いをしてきたか。結界の外で働けない野良魔術師達に金を得る手段はかなり限られるのだ。魔術師という、人を超越する力を手に入れた代償がこの貧しい暮らしだ。貧しさは人を狂わせる。
日本人に良心の呵責が無い者は少ない。それが目の前の現実にガリガリと削れていき、ついに犯罪に手を染めるのだ。魔術師というだけで、死刑になる社会がこういう者を生み出す。
それに一抹の同情と、国家魔術師という存在に怒りを覚える史人。が、すぐに思考を切り替える。難しい事を考えると手が鈍る。あれは敵、それだけだ。多分青葉はそれをよく分かっているのであろう。
「……どうせ…弱い。弱くて…どうしようもないから……私達を襲う。……それじゃ…私には勝てない…絶対」
何処までも無表情の青葉は、構える男達に手を向ける。それを警戒する男達の足元にいきなり青い魔術陣が現れ、魔術師の人間離れした反射速度でそこから離れようとするが。
「ぐ……」
「な……んだ」
「身体…が」
全員、膝を付いて身体を震わす。それどころか、口元を抑えて吐き出す者も出てきた。
「猛毒…もう、助からない。そんな簡単な魔術陣にやられるようじゃ…どうせ冬は越せない」
毒使い。これも魔術師の系統の1つなのだろうか。武器魔術師であり、それしか知らない史人はこのもがき苦しむ3人組の男達が何を食らったのか分からない。が、これだけは食らいたくないと青葉の恐ろしさに震える史人。
目が充血し、鼻血を出して胸を狂ったように掻いて苦しむ3人。そして、泡を吹いて気絶したが身体中から流れ出る血の勢いは増していく。
「……さぁ…行こ。あんまりここにいるとこーいうのに絡まれる…」
「あ、あぁ。大丈夫か?美紗希、歩けるか?」
「う、うん。だ、大丈夫だよ」
先程の光景を見て改めてこの場所の恐ろしさがわかった。あっさりと人を3人殺した青葉も、あれだけ苦しんだ猛毒の存在も。全てが、現代日本に暮らす美紗希の心を蝕む。
すぐに慣れるのは無理だろう。なにせ、覚悟を決めたはずの史人でさえ気持ち悪いのだから。しかし。
「………地獄だな…本当に…」
改めて感謝しなければならない。自分達を拾ってくれた大井武蔵に。そう痛感したのは、襲い来る3人を見たからじゃない。無残な死に方を見たからじゃない。
3人の吐瀉物の中に入っていたのは見覚えのある虫。これだけ不衛生な場所なのにゴキブリもネズミも見ない。
3人の胃袋から吐き出されたものを見てようやく理解した。そんなものすら奪い合って食べる貴重な栄養源なのだろう。魔術師という性質上生半可な毒では効果がない。食中毒というのもないのだ。だから食べる。生きる為に。
ぶるりと身体が震えた。もし…もしだ。捕まらずに逃げ切ったとして、ここで美紗希と二人で来たら…虫やネズミを食べて命を繋いでいたかもしれない。
その全ては魔術師になったから。そしてなにより、弱いからだ。
強い者しか生き残る事が出来ない、真に弱肉強食の世界。ようやく理解した。今、史人と美紗希という弱者はそんなに世界にいるのだ。
「……馬鹿か、俺は。のんびりしてる暇なんて…ねぇだろ」
冷や汗がツゥーと垂れていく。ようやく一息つけるなんて、何を言っているのであろうか。史人に一息つくことなど許されない。
「お兄ちゃん…?」
この世の全てから美紗希を守るように抱きかかえる力が無意識に強くなるのであった。
作者、田舎育ちなのに虫大嫌いです。だめ、絶対。
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