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 あの女は、つねにこちらの予想を超えてくる。

 まさか女子が相手とはいえ、拳銃を持った人間の前に飛び出すなんて!

 女生徒が引き金を絞るまえに、彼女は拳銃の側面から鷲掴みにして、遊底を動かなくした。

 すぐ近くに潜む、清水教諭──いや、仲間だというエージェントが狙いをつけている。あの女──響野千鶴……本名、《桜井》という女につけたのか? 女生徒のほうなのか?

 女生徒のほうならば、それでいい。

 だが、《桜井》のほうにつけたのなら──。

 自分は、いったいなにを考えているの!?

 自分の考えに、ゾッとした。

 桜井を助けようとしている自分が、身体のどこかに存在している。

 どっちだ!?

 清水は、どっちを選択している!?

 女生徒は、この学校に暗躍しているらしい麻薬組織の一員だという。さきほど化学室で捕らえたのだが、殺しておこうと言う清水をとどめて、沢井という生徒にまかせてきた。どうやら、してやられてしまったらしい。

 その組織の頂点に、あの方から指令のあった対象者が君臨している。いや、詳細はそこまでわからないが、清水の言動を考えれば、そう推測すべきだ。

 ということは……清水にとっては、女生徒が味方で、桜井が敵になる。だが、麻薬取締官を安易に殺害するのは非常に危険だ。

 だとすれば、女生徒を撃つことで、桜井に恩を売っておくという作戦も成り立つのではないか? マル対にまで捜査をおよばさないようにするための恩……。

 しかし彼女は、それをのまないだろう。

 べつの女生徒を撃ったことでも、彼女に恩は売れなかった。もう一人を撃っても、同じことになる。

 それどころか、生徒に危害を加えたということで、恨みをかっているのかもしれない。

 彼女を、潜入捜査官と考えることが、そもそもまちがいなのかもしれない。

 いまの彼女は、教師だ。

 現にいまも拳銃をおさえた彼女は、女生徒の前に立ち、射線を消している。それは同時に、彼女自身が射線にのっていることになる。

 身を挺して、生徒を守る。

 あそこにいるのは、《先生》だ。

 自分は、なにをしようとしているのだ。

 やめるんだ。

 そんなことをしてはいけない……。

 自分を止められなかった。

 清水の握るオートマチックの銃身をつかんだ。ちょうど桜井がしているのと同じように、スライドを動かなくした。

 こうすれば、弾を発射することはできない。

「なにをする!?」

「やめろ」

 この女にとっては、どちらでもいいのだ。

 女生徒のほうを撃とうが、桜井を殺そうが大差はない。

 どっちに転んでも、いいほうにもっていける狡猾さと残忍さをやどしている。

「仲間であるわたしの邪魔をするのか!?」

 その言葉で、自分も、そっちの人間なのだと思い知らされた。

「あんただって、いままでさんざんやってきたことだろ!?」

 これでは、あの方からあたえられた命令に支障をきたす。いますぐ、この手を放すのだ。

 だが、自分にそう言い聞かせても、身体が動いてくれなかった。

「これ以上、騒ぎを大きくするな」

「フン」

 舌打ちのように声がもれていた。不満なのはあきらかだったが、清水の腕がおりていた。

「たしかに、いまより死体が増えるのは面倒か」

 清水は言った。

 廊下には、二体。いや、死んでいるとはかぎらない。死んでいるかもしれないというだけだ。

 死んでいるにしろ、まだ絶命していないにしろ、怪我人がいま以上に出ることは、これからの潜入を難しくするのはまちがいない。

 そのときだった。

 女生徒の携帯が鳴り出した。

 桜井の可能性もあるが、二人の様子から、女生徒のものとみるべきだ。それまで、力ずくで女生徒を押さえつけていた感のある桜井だったが、その音に本気で驚いていた。

 いまは、出ていく場面ではない。

 静観すべきだろう。




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「出てもいい?」

 小町のほうから申し出があった。

 いや、いまはそんな状況ではない。小町の手には拳銃が。それをあやめが押し止めている。スライドが動かないように、必死に力をこめていた。指が痛い。空手をやっているあやめだからこそ、どうにかできているのだ。

 もう片方の腕は、小町の肩にあてていた。小町の身体を暴れさせないために。おそらくいまも潜んでいるであろう公安の二人に、背を見せる格好だ。小町も撃たれる可能性がある。彼らに狙いをつけさせてはダメだ。なんとしても、彼女を守らなければ……。

 青木沙奈の二の舞を踏んではいけない。

 しかし、小町はそのことを知ってか知らずか、あやめを振りほどこうとしていた。蹴りも二、三回飛んできたが、下段蹴りの受けに慣れたあやめには、痛くも痒くもなかった。

「ねえ、出てもいいでしょ?」

「動かないで!」

 柴田が加勢しようとしているのが、気配でわかった。だが、出てくれば彼も狙われるし、小町に見せたくはなかった。この状況において、柴田は切り札なのだ。

 一瞬だけ視線を走らせて、出てこないように合図した。柴田ほどの経験があれば、いまのでくみ取ってくれるはずだ。

 あやめは、小町との会話を続けた。

「バカなことはやめなさい!」

「どうして?」

「こんな物騒なものを持っておいて、どうしてもこうしてもないでしょう!?」

「先生だって、二人を撃ったじゃない」

「撃った!?」

「青木さんと、早見先生」

「ちがうわ、わたしじゃない!」

「そうか……早見先生は、青木さんの仕業ね」

「青木さんも、わたしじゃないわ!」

「じゃあ、だれだっていうの!?」

 あやめは、言葉を飲み込んだ。

 清水先生か、佐伯先生──。

 素直に、そう言うべきか……。彼らが、おそらく公安であるということも。

 そんなことを告白すれば、まちがいなく二人とも消される。

 いや、交換条件を持ちかけられている自分は、助かるかもしれない。だが、小町のほうは……。

 沙奈を容赦なく撃ったということは、小町にも、子供だからと情けはかけないだろう。

「教師が、生徒を殺したんだ」

「わたしじゃない!」

「信じない! だって、《先生》じゃないでしょ、本当は!?」

「……」

「な~んてね。撃ったのは、清水先生か佐伯先生なんでしょ?」

 ヘタに答えられない。はたして小町は、自身が狙われているかもしれないということを知っているのだろうか!?

「それとも、先生も仲間なの?」

「……」

「どっちでもいいですけどね」

 着信音は、なおも鳴りつづけている。

「出ますよ」

 小町の片手が、動いた。制服のポケットから携帯を取り出す。

 あやめは、そのままにさせた。

「はい……わかりました──先生にかわれって」

 小町の耳から、あやめの耳に。

『なにごとですか? 銃声のようなものが、何度も聞こえましたけど』

 この声……。

「教頭?」

『いやあ、あなたが麻取だったなんてね。てっきり、ハムの方かと思ってましたよ。そうそう、あなたの大切な生徒を預かっていますよ。協力者なんでしょう? あなたも罪ですね。生徒をこんな危険なことに巻き込むなんて』

「あなたが……、黒幕ですか!?」

『さあ、それはどうでしょう』

 遠藤政春も小町も敵方だったことが判明したいまとなっては、協力者に疑われる生徒は一人しかいない。

 京之助だ。

「無事なんでしょうね!?」

『あなたが、反抗的な行動を取らなければ』

 そこで、通話は切られた。

 と、同時に──。

〈ピーポーピーポー〉

 遠くから、救急車のサイレンが。

「これは、没収よ」

 小町の手から、拳銃をひったくった。

 小町のほうも、あえてなのか、抵抗することはなかった。拳銃を手放した小町は、こちらを見ながら後ろ歩きで去っていく。しばらく距離をあけたのち、背中をみせて走り出した。

 すぐに、階段のほうへ姿は消えた。

 あやめは、気配を丹念にさぐる。

 公安二人組も、この場を離れたようだ。もし潜んでいるのだとしても、危害をくわえるような真似はしない。やろうと思えば、とっくにやられているはずだから。

「怪我はないか、桜井!?」

 教室から、柴田が出てきた。

 救急車を呼んでくれたのは、彼だろう。

「はい。わたしはなんとも……」

 やりきれない感情のまま、視線が下に落ちていた。

 膝をついて、脈をはかる。

「どうだ!?」

「生きてます!」

 あやめは、絶望のふちから引き戻された。

 青木沙奈は、まだ死んでいない。彼女には、まだ教師として答えを出していないことがある。

 もしやと思い、早見の生死も確かめた。

「そっちは!?」

 あやめは、無言で首を横に振る。

 手遅れだった。

 だが、沙奈が生きているだけでも、ありがたいというのが本音だった。自分にできる応急処置をほどこそうと考えたが、行動へ移すまえに救急隊員がやってきた。

 彼らにも、ひと目で銃創だとわかったはずだ。学校内で、あってはならない惨事。隊員の顔に緊張がはしっていた。

 青木沙奈は、緊急搬送された。早見のほうも病院に運ばれていったが、この場で救命士によって心配停止と判断されていた。病院に到着後、正式に死亡が確認されるだろう。

 沙奈の救急車には、付き添いで柴田が同乗した。本来なら、あやめが行きたかったが、このあとに待っているであろう警察による事情聴取に備えなければならない。

 携帯で千鶴には連絡をとったが、ことがことなので、うまく説明できなかった。千鶴から警察への対応を指示されたはずだが、よく覚えていない。

 警察による現場検証。だが、不思議と大勢押しかけてきた捜査員から、あやめはなにも話を訊かれなかった。

 教頭の及川。学年主任の小笠原。世界史の塚田もやって来た。教頭以外は一度帰宅したのに、わざわざ舞い戻ったようだ。ほかに、校内に残っていた人間はいない。音楽室でのびていた遠藤政春も、自力で学校から出ていったようだ。清水と佐伯の姿もなかった。

 あやめは教頭へ睨むような視線を送ったが、教頭のほうは、いつもと変わらない。あの電話の声は、教頭ではなかったのか……。

 が、ヘタなことをして、京之助に危険がおよぶことは避けたい。あやめも、平静をたもつことに全力をかたむけた。

 やはり警察の捜査は、腑に落ちなかった。この段階では、まだ死亡者は出ていないことになるが、二人もの重症者を生んだことになる。しかも、ほぼ100%の確率で、一人は死亡者に数えられることになる。考えたくもないが、青木沙奈のほうも楽観視はできない状況だ。

 そんな重大事件の捜査をしているとは思えなかった。だれも事情を訊こうとはしない。ただ黙々と現場検証を進めるだけだ。

 すぐに、ある推察が浮かんだ。

 彼らは、普通の捜査員ではないのではないか?

 こういう事件を手掛けるのは、所轄署の刑事課であり、本庁の刑事部捜査一課である。だが、彼らは……。

(公安部?)

 もちろん、公安が殺人や傷害の捜査をするということは、普通では考えられない。普通ではないことがおこっている。清水と佐伯、あの二人が公安に所属する人間であるのならば、そういう根回しも当然のことながら予想できる。

 結局、あやめは捜査員に接触しないまま、検証は終わったようだ。本来、このような事件がおこった現場は、キープアウトと書かれたテープによって封鎖させられるはずだが、それすらない。

 大量の血液も警察の手で拭き取られ、何事もなかったかのようだ。あやめの持つ知識において、そういう事後処理は、委託された特殊清掃業者によっておこなわれるはずなのだが。

 警察が去ったあと、及川、小笠原、塚田も帰宅していく。教頭はべつにしても、小笠原と塚田は、一連のことに不信感を抱かないのだろうか。それとも、二人も教頭の仲間なのか?

 いや、公安サイドの人間ということもあり得る。

 あやめも、帰り道についた。そこで、塚田といっしょになった。

「どういうことなんだ!?」

 塚田は、開口一番、そう言った。

「おかしいよな、あれ……なんだか知らないが、傷害事件だろ? しかも、拳銃で」

 塚田は、とても混乱していた。どうやら警察の前では、なにも発言するなと、教頭から釘を刺されていたらしい。

 不可解なシチュエーションに疑問を強く感じながらも、ただ黙っていることしかできなかったというのだ。

「俺のほうが、おかしいのか!?」

 そう問いかけられた。

「いえ、そんなことありません」

 あやめは、まともな人間に出会えたことを安堵していた。と同時に、それすらも演技なのではないかと疑う自分に辟易する。

「これから、どうなっちゃうんだ!?」

「さ、さあ……」

「普通なら、臨時休校になるよな!?」

「そうですね……」

 だが、そういう連絡はこれまでにない。

 何事もなかったことにするつもりなのか……。

 塚田とは、途中で別れた。彼は、最後まで混乱していた。

 部屋に戻ると、ちょうど柴田から連絡があった。絶対安静だが、青木沙奈は一命をとりとめたということだった。理屈抜きに嬉しかった。早見も同じ病院に運ばれたということだが、こちらに奇跡はおきなかった。

 柴田との通話を終えると、今度は千鶴に連絡を入れた。

 今日の出来事を冷静に報告していく。さきほどは、あまりのことだったので、気が動転していた。だから、内容の半分も正確には伝わっていなかっただろう。

『公安というのは、まちがいない?』

「ちゃんと名乗ったわけではありませんけど……否定はしませんでした」

『厄介ね』

「たぶん、今日の事件……隠蔽するつもりだと思います」

『そうはさせない』

「え?」

『騒ぎを大きくしてあげましょう』

 予想外のことを言われた。

「どうしてですか? こういってはなんですけど……そのほうが、こちらにも都合がいいと思うんです」

 それに、こちらは京之助を人質にとられている。目立った行動は控えたい。

『いえ、今回の潜入は失敗よ。麻薬組織は撤退をもうはじめているでしょう。でも、もし逆転できるとしたら、撤退を終えるまえの、いましかない』

「どうするんですか?」

『あの学校に麻薬の製造工場があるのだとしたら、さすがに今日中に始末ができるとは思えない。明日までが勝負』

「製造工場があるとはかぎりません。流通だけの組織だったとしたら?」

『それなら、あなたの見たケシの説明がつかない』

 そのとおりだと思った。

「なにをするつもりですか!?」

『情報を流す』

「なんの?」

『今日のことよ』

「でも、マスコミは報道しますか? 圧力がかかるんじゃないですか?」

『そんなまともな方法はとらない。いまの時代、だれでも簡単に流すことができるでしょう?』

「ネットですか?」

『そう』

「信じますかね?」

『デマでも信じてしまう世の中よ。真実ならば、それはなおさら』

「ネットにも、公安の検閲とかはあるんじゃないですか?」

『腕のいいハッカーでもなんでも雇って、むこうよりもうまくやるわよ。それに、ああいうところは意外にハイテクに弱いものよ』

「でも、こっちは人質をとられてるんですよ?」

『どのみち、危険は回避できない。勝負をかけるしかないわ。あなたも、腹をくくりなさい』


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