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朝七時のニュースでは、もう大きく取り上げられていた。学校前には報道陣が押しかけ、中継を入れている。
『昨日、校内で発砲事件があった桑原高校の前です──』
ネットで情報を流しただけで、こうまでマスコミが食いつくだろうか?
『教師が一人死亡、女生徒が意識不明の重体──』
あやめはアパートの部屋で、テレビに釘付けとなっていた。
六時過ぎに学校のほうから連絡があり、すぐに出勤するよう命令があった。臨時休校になったようだが、教職員だけは今後の対応などの話し合いがあるという。
が、あやめはそれを無視している。
テレビ画面は、学校前から警視庁での会見模様に切り替わっていた。
(警察が……事件を認めた?)
隠蔽するつもりだったはずだ。それが、なぜ方針を転換した!?
(隠すのをやめたから、こんな大騒ぎになってるのかしら……)
さらに中継は切り替わり、学校上空、ヘリコプターからの空撮を映していた。
地上からしか眺めたことがないから、新鮮な光景だった。
「ん?」
あやめの眼に、留まるものがあった。
「そうか……」
あの学校に巣くう「なにか」の正体がわかった。
こんな簡単なことだったのだ。
千鶴の読みどおり、やはり撤退はまだのようだ。この騒動で、さらに遅れることになるだろう。
ならば、叩くならいましかない。
あやめは、学校へ急いだ。
教師生活、五日目(になるはずだった)──。
当然のことながら、通学する生徒の姿はない。教員も、おそらくあやめ以外はすでに出勤しているはずだから、校門前の人だかりの関心を、一身に浴びることになった。
「この学校の先生ですか!?」
可能な限り下を向いて、通り過ぎた。
こういう報道では、生徒なら確実にモザイクがかかるところだが、教員はそのまま流されることも考えられる。生中継が入っていた場合は、なおさらだ。
素早く門のなかに入った。
職員室には寄らず、階段を駆け上がり、三階をめざした。
いや、それよりも「上」がある。
さらに階段を進んだ。
教頭は最初の日、屋上には出られないようになっている──と語った。数年前に生徒が転落死したため、それ以来、閉鎖したと。
それは、嘘だ。教頭は、まるで自分がよく知っているかのように話していたが、教頭がこの学校に来たのは、二年前のはずだ。仮に二年前の出来事だったとしたら、「数年前」という表現にはならないだろう。おそらく、近寄らせないための嘘。
もしくは、本当に転落死はあったが、それを利用して、屋上を立入禁止にした。プールが校庭に建設されたことを考えると、後者かもしれない。どちらにしろ、屋上は完全に閉鎖されたわけではない。
扉には、厳重に南京錠がかけられていた。
あやめは、しばらくその場にとどまった。
階段を上ってくる気配があったのは、それからすぐのことだ。
「桜井!」
柴田だった。手には、物騒なものが握られていた。チェーンカッターのような大型の工具だ。
事前に、柴田には連絡しておいた。屋上のことも伝えていた。
「それで壊せますか?」
「わからん」
柴田は、刃で南京錠を挟んだ。
かなり力を入れたのはわかったが、錠はビクともしなかった。
「くそ、ならこうだ!」
今度は、柄の部分で南京錠を打ちつける。
一撃、二、三──。
六発目で、錠が壊れた。
扉を開けた。
太陽の光がまぶしかった。
「ここに、なにがあるんだ!?」
「たぶん、ケシです」
あやめは答えて、屋上に出た。そこには、なにもあやしいところはない。
「ここにか?」
「あっちです」
あやめは、L字型校舎の、短い辺のほうに眼を向けた。
かつてプールがあった場所。
いまでも施設は残っているようだ。
手前に更衣室があり、奥がプールとなっている。
学校の周辺に高い建造物は存在しない。上空から撮影でもしないかぎり、外部の人間に知られることはない。いや、空から見下ろしたとしても、なにかの植物が群生しているのはわかっても、それが違法なものだとは予想できないだろう。
「これは……」
柴田の声も、震えていた。
本来なら、水が蓄えられている場所。
土が入れられ、植物が青々と育っている。
ケシ。
ここから種子が飛来し、体育館裏に生えたのか。いや、あのとき教頭が案内したということは、故意に植えられていたとみるのが妥当だろうか。
あれは、目撃した者が、ケシと気づくか気づかないかを見極める罠だったのだ。
ケシ畑には、だれかがいた。
生徒だ。
厳重に施錠されていたはずだから、もしかしたら、あそこ以外にも出入りできる場所があるのかもしれない。
「あなた、だったの……」
公安が守りたかった大物。
きっとそうだ。
渡瀬紗月。
まるで達観した世捨て人のような落ち着きをもつ生徒。
「これは、あなたが育てたの?」
あやめは、むしろやさしげに問いかけた。
「そうだよ」
いつもの無機質な声だった。
「あそこの更衣室だったところが、精製所になってるのね?」
確信があるわけではなかった。
「そうだよ」
渡瀬紗月は、淡々と答えた。
街中にある栽培所としては大きいかもしれないが、ケシ畑としては微々たるものだ。更衣室程度の大きさがあれば、精製所としては充分だろう。この程度の広さなら、たいした量はつくれない。
「これがなんだか、わかってるのよね?」
「わかってるよ」
「なんのために、こんなものを栽培してるの? 法律違反なのは、高校生でもわかるわよね?」
「法律? それ、食べれるの?」
からかわれてるのかと思った。だが、紗月の表情があまりにも能面のようだから、真意は伝わってこない。
「そんなもの、ボクには関係ない」
「関係ない、ですって!?」
「法律で、ボクは縛れない」
「本気で言ってるの!?」
この少年の正体……それは、なんなのだろう?
「おい、桜井……」
柴田の声で、更衣室のほうを向いた。
そこから、教頭の及川が出てきたところだった。その後ろからついてきたのは、沢井京之助だ。
「京之助!」
呼びかけるが、彼からの反応はない。
虚ろな眼をしている。ひと目で、まともな状態でないと看破した。
「なにをしたの!?」
あやめは、教頭を睨んだ。
「おや、おや。それが上司に対する態度ですか? 教育者としては失格ですね」
「その言葉、そっくりお返しします!」
「私はね、まちがったことはしていないんですよ」
「なんですって!?」
「そこの渡瀬君はね、さる権力者のご子息なんですよ。この日本にとって、最も必要なお方なんです」
「それがどうしたっていうの!? たとえ総理大臣であろうと、罪を犯した者は罰せられるの!」
「はははは」
及川は、屈託なく笑った。
「総理大臣? そんな小物ではない」
「だれだか知らないけど、アメリカの大統領だって、わたしは逮捕するわ!」
「響野先生、もうあなたも大人なんですから、常識ぐらいわきまえてくださいよ。この世を動かしているのは、権力者なんですよ。彼のお父上が、この日本を操っているのです。そして、いずれ彼がその跡を継ぐ。そうなれば、彼自身がこの国の法律になるのです」
「どっちが常識ないのよ!」
しかし、あやめの言葉など、及川には届いていない。及川だけではない。渡瀬にも、様子のおかしい京之助にも。
「とりあえず、無許可でケシを栽培していた『あへん法』違反の容疑で、緊急逮捕します」
「許可はとってありますよ」
突然、及川でも渡瀬でもない声が割って入った。
見れば、この場に侵入してきたのは、佐伯と清水だった。
「おやおや、さすがハムの方は、ものわかりがいいですね。渡瀬君のお父上が寄越した人間だけのことはある」
及川は、まるで職員会議の場で褒めるような口調だった。
「敵にするには、惜しい人たちだ」
佐伯と清水は、渡瀬紗月を監視するために、ここへ潜入しているはずだ。それに、彼らの昨日の口ぶりからは、監視対象者を守ろうとする素振りまであった。ということは、渡瀬紗月が二人の対象者だとすると、敵対関係ではなく、むしろ保護をする側とされる側という構図にならなければおかしいのではないか?
それなのに、敵、という表現はどういうことだろうか……。
渡瀬紗月は保護の対象だとしても、及川と佐伯たちは敵対しているとみるべきか。昨日から感じていたことだが、佐伯と清水の立場がよくわからない。
いまこの学校には、三つの勢力がひしめき合っていることになる。
一つは、自分たち麻取。
一つは、及川や早見、それに何人かの生徒が関与していると思われる麻薬組織。
一つは、佐伯たち公安。
自分たち麻取の目的は、明確だ。この屋上でケシを栽培している組織の壊滅以外にない。ケシを精製して、アヘンのまま売りさばくのか。モルヒネなのか、ヘロインなのか。前任の山本教諭がヘロイン中毒だったことを考えると、おそらく……。
及川たちの目的も、ある意味単純明快だ。麻薬を売るのは金のためだと相場が決まっている。及川の言動からすると、まるで渡瀬紗月がリーダーのようだが、どんな大物政治家の子供であろうと、一高校生が麻薬組織を束ねられるわけがない。
及川が中心にいるとみて、正解だろう。
どれぐらいの規模の組織なのかわからないが、これだけの畑しか持っていないのだとしたら、大きくはない。それこそ、部活動ていどの小集団。ここが学校だからこその「部活動」という表現に、あやめはうすら寒さを感じた。
問題は、佐伯と清水だ。
昨日の会話からだと、渡瀬紗月に捜査がおよぶのを妨害しようとしていた。そのわりに、渡瀬の仲間であるはずの青木沙奈を撃ち、あやめにも組織の人間を差し出すと交換条件をもちかけてきた。どうやら、渡瀬紗月は守りたいが、組織については潰れてもいいと考えているようだ。
最終的に、どういう落としどころを想定しているのか……。
それを見極めなければ、これからの行動を決定するわけにはいかない。佐伯と清水は、人を殺すことに躊躇はないはずだ。任務のために邪魔なものを排除する──ある意味、快楽のために命を粗末にする殺人鬼よりもタチが悪い。
及川も及川で、京之助を人質にとっているし、早見を使って、あやめを拉致しようとした。
どちらの勢力も危険だ。
まちがった刺激をあたえると、多くの悲劇を生むことになる。
もうこれ以上の犠牲は出したくなかった。
「清水先生、佐伯先生……許可をとってあるとは、どういうことですか?」
両者──自分たちもふくめれば、三者の沈黙を嫌って、あやめは問いかけた。
「そのままの意味よ。わたしたちの判断は、日本国そのものの総意ということになる」
「ふざけないで!」
清水の言葉を、あやめは怒りでさえぎった。
「もし望むのなら、正式な手続きもとれる。できないことなんてないの、われわれには」
ふいに、銃口が向けられた。
清水の手には拳銃が握られている。
「引きなさい。たかが麻薬取締官に介入できることではない」
清水は銃をかまえたまま、顔の向きだけを渡瀬紗月のほうへ。
「こうしましょう。麻取は、われわれが押さえ込みます。ですから、このケシ畑を放棄してください」
あやめに対するのとはちがい、丁寧な言葉づかいで、清水は提案をもちかけた。
「いやだ」
渡瀬紗月の返事には、やはり感情がこもっていなかった。
「犯罪組織がつくりたいのなら、もっと大きくて、やりがいのあるものをわれわれが用意します。麻取に嗅ぎつけられるようなこともないし、どんな犯罪でも謳歌できる最高のものを」
あまりにもふざけたことを、清水は口にした。それが、ただの冗談でないことが、あやめの平常心をかみ乱す。
「いやだ。あの男の力はいらない。ここは、ボクの場所だ。ここはボクだけのものだ」
抑揚のないセリフでも、彼なりに強く主張しようとしていることはわかった。この屋上のささやかなケシ畑が、この少年の、たった一つのアイデンティティなのかもしれない。
だとすれば、このスペースこそが、そのまま彼の精神世界の広さなのだ。哀れに思えると同時に、彼の……渡瀬紗月の親に対して、たとえようもない憤りがわきあがってきた。
彼の成長は止まっている。無表情、無感情なのは、それが大きく影響をあたえているはずだ。
親の育て方が、完全に失敗している。
どこかの教育評論家でなくても、そんなことぐらいわかる。
「わかりました。では、ここはそのままでいいです。ただし、仲間はすべて消します。よろしいですか、それで?」
渡瀬紗月は、それについては、なんの反応もみせなかった。
すべて消します──。
それがなにを意味しているのか、いくら成長が止まっているとはいえ、彼にだって理解できるだろう。
「さっきから、なに勝手に話をすすめてるの!? 公安だか、日本を動かしてる大物だか知らないけど、そんなのわたしには関係ない! 麻薬犯罪がおこなわれているのだとしたら、わたしはそれを検挙するだけよ」
「黙れ。おまえとは話していない」
「なんですって!?」
「この方と話をつけたら、おまえにも妥協案を提示してあげる」
「妥協案?」
「そう。意味そのままに消してしまってもいいけど、おまえの出方しだいでは、麻取にゆずってもいい。この方のことを忘れるのなら」
至極真っ当なことを口にしているように、清水は言った。
もちろん、のめるわけはない。
あやめは感情をダイレクトに、眼力にこめた。




