エピローグ1:一ノ瀬保奈美
夏祭りのポスターを見てからずっと、心の中に決めていた。
――今年こそ、ちゃんと浴衣を自分で着たい。
直也さんと並んで歩ける夏祭りだからこそ。
だから私は、放課後にクラスメートの真央の家に遊びに行った。
真央のお母さんは浴衣や着物の着付けに詳しい人で、手取り足取り教えてくれた。
最初は帯がぐちゃぐちゃになってしまって、笑われてしまったけれど、何度も練習するうちに、少しずつ形になっていった。
「保奈美、すごいじゃん。もう一人で出来るようになったね」
真央がそう言ってくれて、胸が弾んだ。
そしてその後に言われた言葉。
「……これも花嫁修業って事だね」
――花嫁。
その響きに、一瞬で頭が真っ白になった。
誰の花嫁を想像しているのかなんて、自分でも分かりきっている。
顔がみるみる真っ赤になって、両手で頬を覆った。
「ちょっと、誰を想像して赤くなってるの?」
真央がにやにや笑いながら冷やかしてきて、ますます逃げ出したくなった。
真央はこういう時ちょっとイジワルだから困る。
学校は丁度この週末から遂に夏休みに入った。
1学期の成績は中の上より少し上になったから直也さんは褒めてくれた。
「でも、水道橋女子大を目指すなら、更に頑張らないとね。……まぁ別に他の大学でもいいし、とにかく義妹ちゃんは、無理せずに出来る範囲でコツコツ頑張ればいいんだよ」
直也さんはこういう時も優しいな。
そして夏祭り当日。
私は意を決して、直也さんに用意しておいた甚平を渡した。
「これ……直也さんに似合うと思うから」
直也さんは少し驚いた顔をしたけれど、素直に着てくれた。
そして、私は浴衣に袖を通す。
鏡に映る自分の姿に、胸がどきどきする。
メイクも丁寧に仕上げて――準備は整った。
リビングに戻ると、直也さんがこちらを見て、息を呑んだ。
「……なんか、キレイだな」
その一言に全身が熱くなる。
でも直也さんはすぐに真顔になって、少し困ったように呟いた。
「……悪いヤツとかに余計なちょっかいをかけられないか、ちょっと心配だなぁ」
心臓の鼓動が高まっていく。
勇気を振り絞って、私は小さな声で言った。
「だったら……手を繋いで」
直也さんは頷いてくれた。
そして直也さんの手が、そっと私の手を包む。
そのまま二人で並んで歩き出す。
夜風に揺れる提灯の明かりの下、手の温もりを確かめながら。
※※※
お祭り会場に着いて、本部テントに顔を出した瞬間、思わず目を見開いた。
そこには、浴衣姿の莉子さんが。
――だけじゃなかった。
なんと、亜紀さんと玲奈さんまで浴衣姿で座っていたのだ。
えっ、なんで会社の人たちまで……?
そう思った途端、テント側で「チッ」という舌打ちのような音がしたかな?
けれど莉子さんがすぐに声をかけてくれた。
「カワイイ! え、着付け自分でできるの?」
「はい。友達のお母さんに、教えていただきました」
私は少し照れながら答えた。
直也さんが笑顔で言う。
「せっかくだから、みんなで回ろうよ」
……いやいや。
これ、どう見ても“直也さんハーレム”じゃないですか。
直也さん絶対これモテすぎです。
本当に心配……。
でも私は、絶対に手を離さなかった。
どんなに人混みに流されても、しっかりと直也さんの手を握り続けた。
――この手だけは、誰にも譲らないから。
※※※
やがて夜空に大輪の花火が咲いた。
ドンッという音が胸に響き、色とりどりの光が空を染める。
隣で花火を見上げる直也さんの横顔。
その横で、私もそっと笑みをこぼした。
この春は、本当に大変なことがたくさんあった。
でも――直也さんと一緒なら、きっと頑張れる。
そう思えた。
花火の音に負けないくらい、胸が高鳴っている。
――来年も、その先も。
ずっと、あなたの隣で花火を見上げたいな。




