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第69話:宮本玲奈

 ――直也が、オフィスに戻ってきた。


 その姿を見た瞬間、胸の奥がふわっと熱くなる。

 まだ顔色は完全じゃないけれど、あの日の青白さに比べればずっといい。

 生き生きと資料に目を通す横顔を見ているだけで、涙が出そうになった。


 本当は、私がもっと早く気づいて負担を軽くしてあげられればよかった。

 亜紀さんには「無理させたのはそっちだ」なんて強い言葉をぶつけたけれど――内心では、私だって同じ。

 結局、直也が限界まで働き詰めになるのを止められなかった。

 責められるべきは、私もだ。


 でも。

 それ以上に衝撃だったのは――あの日の保奈美ちゃん。


 義妹という立場。

 直也の責任感に守られるだけの存在。

 そう思っていた。

 なのに――あの子が見せたのは、そんな枠を軽々と飛び越えるような、一途で、揺るがない献身性だった。


 涙ながらに雑炊を食べさせる姿。

 「お母さんの味だ」と直也を泣かせたあの一杯。

 あれは、とても義兄に対するものじゃない。

 ……間違いなく、恋する乙女の献身だった。


 あの子は若いし、美人だし、そして何より、可愛い。

 その全部を“義妹”というフィルターを通して無視してきた私は、甘かった。

 気づけて良かった。――今なら、まだ間に合う。


 一番仕事で近くにいて、直也に寄り添えるのは私。

 会議室でも、フロアでも、資料作りでも、すぐ隣に立って支えられるのは私だけ。

 だから――ここからは、それだけじゃ足りない。

 ただの仕事仲間じゃなく、“女として”しっかり認識させないとダメだ。


 私は、亜紀さんみたいな女狐モードを持っていない。

 正面から、真っ直ぐに。

 でも、同時に――街丘由佳さんのあの落ち着き、包み込むような余裕。

 それに近いものなら、私にも出せる。

 むしろ、そこは私の得意分野だ。


 ――直也。

 あなたにとっての最良のビジネスパートナーでありながら、

 同時に“女”としても意識させてみせる。


 私は静かに拳を握った。

 ここからが、本当の勝負だ。

 近いうちにまず街丘さんに実際に会ってみよう。

 亜紀さんが一番苦手そうなスタイルだからこそ、私はその道で差別化する。

 ビジネスでも女としても差別化戦略こそ最重要なのだから。


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