第68話:新堂亜紀
――やっと、直也くんが戻ってきた。
病院通いを経て、ようやくオフィスに顔を出した彼を見た瞬間、胸の奥がふっと温かくなった。
でも同時に、冷たい焦燥感も走る。
あの日、保奈美ちゃんが直也くんを抱きかかえるようにして支えていた姿――あれが、ずっと頭から離れない。
義妹だと軽く思っていた。
けれど、そういう目で改めて見ると、あの子は美人だし、可愛いし、肌は透き通るように綺麗で、しかもナチュラルメイクがかえって映えている。
そのうえ、涙ながらに必死で直也くんを支える一途さ。
直也くんは、ああいう女性には絶対弱い。
それは街丘由佳さんへの態度を見ていれば、痛いほど分かる。
――そう。直也くんは、一途で凛とした女性に惹かれる。
街丘さんも気に入らない。
でも、最大の脅威はやっぱりあの義妹ちゃんだ。
ただ、一つだけ救いがある。
「義兄妹」という絶対的な壁が存在していること。
直也くんがいくら心を動かされても、その硝子の壁を越えるのは容易じゃない。
だから――あの子が高校を卒業して、さらに大学を出るくらいまでは、少なくとも時間がある。まだ全然時間はある。
それまでに、私は決着をつければいい。
……問題は、玲奈。
会社でも直也くんのすぐ近くのデスクにいて、何かと張り合ってくる。
この子は厄介だ。油断ならない。
どうにかして、この子の優位性を崩し、私の優位性を伸ばさないと。
そして――莉子。
幼馴染っていうのは、本当に面倒なポジションだ。
家族でも恋人でもないのに、無条件で心に入り込んでいる部分がある。
その“無意識の安心感”が一番やっかいだ。
だけど――直也くんは仕事人間。
その彼を支えるポジションは、どう考えても私のものだ。
このプロジェクトで一番彼に寄り添ってきたのは、他でもない私。
だから、そこをベースにして一気に距離を縮める。
そう決めた瞬間、私の中でスイッチが入った。
――そう。女狐モード。
ビジネスでは冷静沈着に。
けれど、直也くんを前にしたら、視線で絡め取り、会話で翻弄し、少しずつ心を縛っていく。
退かない。
引かない。
誰にも渡さない。
机の上に資料を置くとき、わざと指先を彼の手の近くに滑らせる。
会議帰りのエレベーターでは、自然な距離を保ちながらも、誰より近くに立つ。
些細な視線、些細な言葉、些細な仕草――それを積み重ねればいい。
義妹ちゃんの涙や、玲奈のプライド、莉子の幼馴染ポジション。
全部まとめて――私が上書きしてみせる。
「直也くん。今度こそ、あなたを逃がさない」
胸の奥で、静かに、しかし熱く呟いた。




