第65話:谷川莉子
台所から漂ってくる香りに、胸の奥がざわめいていた。
――ちゃんと作れるのかな。
正直、心配だった。直也くんは味にうるさいところがあるし、体調を崩しているときは余計に敏感だ。まして、保奈美ちゃんはまだ高校生。どれだけ頑張っても限界があるんじゃないかと。
でも、その予感はあっさり裏切られた。
御椀によそわれた雑炊を、保奈美ちゃんがスプーンで一口分すくい、ふぅっと息を吹きかける。
そのまま直也くんの口元へ。
彼は力なく目を開け、ゆっくりと受け入れた。
そして――。
「……コレだ。母さんが作ってくれたのと同じだ……懐かしいなぁ……」
直也くんの目尻から、涙が零れた。
私は言葉を失った。
だって私は覚えている。
直也くんのお母さん――あの優しい人のことを。
幼馴染だった私は、何度か一緒に食事をさせてもらったことがあった。
温かい笑顔で差し出してくれる料理を、直也くんが嬉しそうに食べていた姿を、はっきり覚えている。
あの味を――どうして、保奈美ちゃんが再現できるの?
しかも、彼女はためらいもなく、次から次へとスプーンをすくっては冷まし、直也くんの口元に運んでいく。
直也くんが「自分でやるよ」と弱々しく笑っても、首を振って絶対に譲らない。
――それは、本来なら私がしていたはずのこと。
私が守り、私が支えるポジションのはずだったのに。
気づけば、すっかり奪われている。
小さな義妹だと思って、守ってあげる存在だとばかり思っていた。
でも――違った。
今、はっきり分かった。
一番の強敵は、この子なんだ。
胸の奥がじんわり熱くなる。
悔しさと、焦燥と、どうしようもない敗北感。
――保奈美ちゃん。
あなたはもう、ただの“妹”なんかじゃない。
もうあなたは、私のライバルなんだね。
横にいる会社の方達。亜紀さんと玲奈さん。
2人もきっと、私と同じ気持ちなんだろう。
直也くんを巡って、これからどうするのかを――。




