第64話:宮本玲奈
タクシーに飛び乗った途端、車内の空気はピリついていた。
亜紀さんが先に座って、私はその隣に腰を下ろす。窓の外を流れるネオンを見ながら、ふっと口元が緩んだ。
私の中には亜紀さんが無理させたから、こうなったんじゃないかという八つ当たり気味の思いがある。八つ当たりだとは分かっているが、それでも直也がここまで消耗したのは――誰でもなく、目の前の彼女のせいなんじゃないかと。
私はタクシーに乗る直前のやり取りとは別の矢を放つ。
「ねぇ、あの街丘さんって人、直也の好みのタイプなんですかね?」
「は? なんで直也くんが、あんな年離れた女性を好きになる訳ないでしょ」
即答する亜紀さん。
わかりやすい反応。
なんかちょっと……可愛いかも。
「まぁ……直也は同じ年くらいが丁度いいと思いますけどね」
すかさず二の矢を放つ。
「そんな事はないでしょ。“少し”年上位が好きなのかもね」
ムキになる亜紀さん。
タクシーの運転手がバックミラー越しにこちらを見て、明らかにビビっている。
――直也が倒れているっていうのに、私たちはこんなやり取りをしてる。不安だからだ。
※※※
ようやく到着すると、玄関先に見覚えのある人影があった。
エプロン姿の莉子さん。以前、保奈美ちゃんのお見舞いのときに台所で会った彼女だ。
「こんばんは……」
「……どうも」
微妙な沈黙が流れる。結局、三人並んで玄関をくぐった。
保奈美ちゃんが迎えてくれる。目元が少し赤いのに、無理にでも笑顔を作っているのが分かった。
「どうぞ、リビングに」
そこには布団が敷かれ、直也が静かに眠っていた。青白い顔に、胸がざわつく。
やがて――台所から漂ってきた香りに、私は思わず鼻をくすぐられた。
そして、保奈美ちゃんが小さな鍋を抱えて現れる。
「直也さん、出来ましたよ」
彼女は布団の脇に膝をつき、雑炊を御椀によそう。
スプーンで一口分をすくい、ふぅっと息を吹きかけてから、直也の口元へ。
驚いて目を開けた直也が、ゆっくりと口を開く。
ひと口、喉を通した瞬間――彼の瞳から涙が零れた。
「……コレだ。昔、母さんが作ってくれたのと同じだ……懐かしいなぁ……」
私は耳を疑った。
横にいる亜紀さんも、莉子さんも、同じように絶句している。
――どうして保奈美ちゃんが、そんな“おふくろの味”を作れるの?
しかも……全部、自分で口元まで運ぶ必要ある?
「自分でやるよ」と直也が照れ臭そうに言っても、彼女は首を振る。
「いいんです。食べさせたいんです」
保奈美ちゃんの姿は、どう見ても妻のそれだった。
悔しい。認めたくない。
胸の奥に、冷たい敗北感が広がる。
私はここまで直也の横で支えてきたんだけどな。
ずっとただの義妹だと思ってきたのに。
――クソッ。
全部保奈美ちゃんにもっていかれた。




