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第58話:宮本玲奈

――発表に向けた準備は、もう動き始めていた。

五井物産の広報部が先導し、JVスキームに関わる主要プレイヤーへと次々に「公式コメント収録」の依頼が飛んでいく。

スタジオの照明、カメラ、台本……すべては冷徹なほど整然としていた。


だが――私は、心の奥で叫んでいた。

(そんな段取りより、まず直也を病院に連れていかなくちゃ……!)


声に出すことはできない。

けれど、目の前で収録された「コメント」の数々が、奇妙なほど私の心情を代弁しているように響いてきた。


※※※


最初は加賀谷さんだった。

公式コメントを淡々と語り終えた後、ふっと表情を和らげて――カメラを外して「追伸です」と言い加えた。


「一ノ瀬君。ちょっと直近で体調が悪いみたいだから、一旦休養を取って体調を万全にしてください。大丈夫、君の段取りは完璧なのだから、あとは周囲が回していきます」


その温かい声に、胸の奥が少し熱くなる。


続いて日本GBCの街丘さん。

明快に「今回のJVは日本にとっても、それから日本GBCにとっても、歴史的な意味を持つものです」と公式コメントを語り切った後――小さく笑って、追伸を添えた。


「一ノ瀬直也さん。あなたのスキームにかける情熱がなければ、私たちは投資判断をできませんでした。ただ、今、少し体調を崩されているので心配です。とにかく体調の回復を祈願いたします。元気になられましたら……是非一度、一緒に飲みに行きましょうね!」


……その瞬間、隣で見ていた亜紀さんの顔がピクリと固まった。

「はぁ?なにそれ?」とでも言いたげに眉が吊り上がる。

正直、笑いをこらえるのに必死だった。こんな時でも嫉妬でイライラする亜紀さんが可笑しくて、そして少し羨ましかった。


三番手としてAACの大田秀介さん。

公式コメントは「今回のJVは、日本を代表する大企業と、当社のようなAIスタートアップ・ベンチャーとの理想的な共創関係の形となると確信しています」という素晴らしいもの。


その末尾で追伸を添えていた。

「短期間に一気にお話を詰められたのは、一ノ瀬さんの存在あればこそ、です。是非一度サンノゼで直接お会いしたいです。リモート会議の際に、しばしば咳をされていたので一ノ瀬さんの体調が心配です。私自身もそういう時に魂で走ってしまうところがありましたが、自分が思っている以上に周囲は心配しているものですから、どうか体調の回復を最優先としてください」

本当にその通りだよ。


※※※


だが――イーサン・クラークのコメントは別格だった。

画面の向こうの彼は、カジュアルな服装のまま、まっすぐカメラを見据えて言った。


「これは直也向けだけの追伸コメントだ。ハッキリ言えば、オレは直也がプレゼンした直也のプランだからOKしたんだ。それを五井の人たちには理解して欲しい。直也は働き過ぎだ。少し休ませてやってくれ。そして体調が回復したら、是非サンノゼに来て欲しい。それだけだ」


その言葉を聞いた瞬間、堪えていたものが決壊した。

視界が滲み、気づけば頬を伝う涙が落ちていた。


――世界を動かしたのは、直也なんだ。

五井でも、経産省でもなく、DeepFuture AIですらなく。

彼のプレゼン、彼の言葉、彼の熱意が、国も企業も動かしたのだ。


誇らしくて仕方がない。

でも、それ以上に――怖い。

こんなにも世界に必要とされてしまった人を、私は失いたくない。


カメラの灯りが落ちた後の暗いスタジオで、私は両手を膝の上に置き、静かに拳を握りしめた。


「直也。お願いだから……もう無理はしないで」


声にならない呟きが、胸の奥で何度も繰り返されていた。

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