第56話:一ノ瀬直也
投資委員会の会議室。
壁一面の窓から差し込む光も、今日はやけに冷たく感じられた。
テーブルを挟んで並ぶのは、CFOを筆頭に財務、経営企画、リスク管理の面々。
彼らの前に置かれた分厚い資料の山――それが今日、オレが持ち込んだすべてだった。
「……それでは、JVの出資比率案、ならびに投資規模についてご説明します」
深呼吸を一つ。
ページをめくり、最初のスライドを映し出す。
「出資比率は――
日本側合計60%、米国側40%を基準としています。
内訳は、五井物産35%、グリゴラ15%、日本GBC10%。
一方、米国側はDeepFuture AIが25%、AACが15%。」
「一見すると、日本側が優位に立っているように見えます。
しかし重要なのは、“拒否権”をどう担保するかです」
手元の資料に視線を落とす役員たち。
オレは続けた。
「まず、日本GBCは米国資本の日本法人です。形式上は日本側に入っていますが、その出資は米国資本とカウントされうる。
一方で、AAC社は米国企業でありながら日本人経営者によって率いられており、米国側のプレイヤーでありながら日系的な色合いを持っています」
スライドを切り替える。
「従って――日本側60%、米国側40%という数字の裏側を見れば、米国資本として合計35%が確実に担保されている構造です」
財務本部長が眉をひそめた。
「35%……ということは?」
「はい。米国側が、合意なきままに進められることを防ぐ“拒否権”を保持できる水準です。
逆に、単独で拒否権を持つのは五井物産――35%です。
このスキームによって、日本側が主導しつつ、米国側の発言権も無視できない“均衡”が成立します」
数秒、沈黙。
やがて経営企画部長が低く言った。
「……なるほど。米国資本に拒否権を担保することで、国際的な信頼を確保する。だが、五井が単体で拒否権を持つことで、我々が最終的に舵を取れる、と」
「その通りです」
声がかすれていたが、意志は揺らがなかった。
――そして本題。
「総投資規模について――
本プロジェクトはAIデータセンター単体ではなく、地熱発電プラントの建設を同時に行う必要があります。
AIデータセンター群にはおよそ3,500億円。
そして電力基盤として、100MW級の地熱発電プラント建設に1,500億円。
合計でおよそ5,000億円規模のプロジェクトとなります」
会議室の空気が一気に張り詰めた。
CFOが静かに眼鏡を外し、言った。
「……5,000億。これは我が社のITセクター案件としては最大級の規模だ。だが、競合商社のITセクター投資水準と比較して見れば、ありえなくはない数字だ」
横で財務部長が腕を組む。
「リスクは甚大です。仮に電力拡張やGPU供給でつまずけば、全体が立ち行かなくなる可能性がある」
オレは頷き、次のスライドを映す。
「リスクについては、以下の担保策を講じています。
――電力については、地熱発電プラントに加え、既存電力会社との補完契約を締結し、二重系統を確保します。突発的な停止に対してもバックアップを用意。
――GPU供給については、グリゴラ社と“長期供給契約”を進め、契約上の最低供給量を保証させます。
――資本リスクについては、JV内部でフェーズ投資モデルを設定し、データセンター稼働率に応じて投資回収を段階化。負荷を一括で背負わない設計です」
財務部長が黙り込み、CFOが再び資料をめくった。
「つまり、5,000億円は単独の投資ではなく、国策・国際資本・産業界の三位一体を巻き込んだ投資です。
五井物産が旗を立てることで、我が社は次世代のAIインフラを牽引する存在になれる」
沈黙が落ちる。
やがて、統括取締役が深く腕を組み直し、一瞬の間を置いてから、低く呟いた。
「……やるしかないな」
その一言が、会議室を支配した。
冷たかった光が、不思議と暖かく感じられる。
――5,000億。
常識では到底踏み込めない規模だ。
だが、この投資は未来を切り開くための賭け。
そしてオレは、その賭けを成し遂げる責任を背負っているのだ。




