第52話:新堂亜紀
――やったー!
経産省の局次長から、あの言葉を引き出して帰ってきた直也くん。
霞が関から戻るなり、ITセクターの主要メンバーが一斉に集まってきて、結果報告を待っていた。
「……本プランは、国として支援するに十分な価値があると判断する。
ただし、正式には五井物産の意思決定とJVの枠組みを整えてほしいとの事でした」
直也くんの声が、静かな会議室に落ちた瞬間。
場がざわめく。
その一言が、どれほど重みのあるものか、皆が分かっていた。
――誇らしい。
胸がいっぱいになった。
あの直也くんが、ここまでやり遂げたんだ。
けれど同時に、不安も消えない。
顔色は青白いし、声もかすれている。
ずっと咳を堪えていたのを、私は見逃していない。
「直也くん。今日はもう、早退した方がいい」
思わず口をついた。
でも、直也くんは首を横に振った。
「いや……まだステークスホルダーへの連絡が残っています。
日本GBC、AAC社、それにDeepFuture AI――今のうちに共有しておかないと」
ほんとにもう。
こんな時くらい、休んでほしいのに。
そして極めつけ。
日本GBCの街丘さんに電話をかける直也くん。
やけに親しげな声色で――。
「ええ、街丘さん。本当にありがとうございます。……はい、正式に出資方針が決めていただいたら、一度会食でも」
――はぁ!?
思わず耳がピクリと動いた。
おかしいでしょ。
あなたが会食するべき女性は、今ここにいるんですけど?
机の下で、爪が膝に食い込む。
電話の相槌を打つ直也くんの横顔に、イライラが募って仕方なかった。
けれど、次の瞬間。
「もちろん、亜紀さんにも同席してもらいますよ。街丘さん、きっと喜びます」
……え?
なにそれ。
心臓が跳ねた。
顔が一気に熱くなる。
さっきまでのイライラがどこかに飛んでいって、代わりにどうしようもない嬉しさが込み上げてくる。
――もう!
ほんと、直也くんって実は女誑しなんじゃないの?
電話を切った直也くんに、思わず声をかけた。
「……ねぇ直也くん。正直に言うけど、ああいうのはちょっとイラッとするんだからね」
「え、何が?」
「“会食しましょう”とか。しかも女性相手に」
「いやいや、ビジネスですよ? それに亜紀さんも同席していただく前提ですし」
「……まぁ、そう言われると悪い気はしないけど」
つい口元が緩んでしまう。
でもすぐに眉を寄せて言った。
「でもね、そんな余計な予定立てる前に、まずは病院で診察をちゃんと受けてほしいの」
直也くんは苦笑いして、少し咳き込みながらも頷いた。
「分かりましたよ。……義妹ちゃんにも先日『診察受けてくれ』って泣いて頼まれたんです。 “会食より病院”を優先しますから」
「……最初からそうしなさい」
口ではそう言いながらも、心の奥では嬉しくて仕方がなかった。
直也くんに振り回されるのは、きっとこれからも変わらない。
でも――その全部を支えたいって思っている自分がいるのだ。




