第49話:宮本玲奈
イーサンとの交渉の翌日。
大会議室の空気は、やはり重たかった。
けれど昨日までとは違う。張り詰めた緊張感の中に、わずかな期待が混じっている。
長机の先頭に座るのは、本部長とITセクターの統括取締役。
対面には資源セクター本部長と課長、その横には経営企画や財務の面々。
私はオブザーバーとして亜紀さんと並び、少し後方の席に腰を下ろしていた。
――そして、直也。
前に立つ彼の姿は、少し痩せたように見えた。
喉の調子も万全じゃない。だけど、その声には揺らぎがなかった。
「まず、これまでの進捗についてご報告いたします」
彼が手元の資料を開いた瞬間、会議室の空気が動く。
誰もが、次の言葉を待っている。
※※※
直也は淡々と――けれど確かな熱を込めて報告を続けた。
DeepFuture AIのイーサン・クラーク。
昨日対面にてAIデータセンターのプラン概要について説明をしたこと。
既にプランに参画する事をイーサン・クラーク自身が回答してくれたこと。
その際の条件は、対外公表のタイミングは彼らと調整すること。
それからシリコンバレー近隣でも同様のAIデータセンター事業を実施する方向で少なくとも“検討”すること。ただしこれは今すぐでなくて構わないということ。
グリゴラの加賀谷氏。
すでに内部調整を済ませ、いつでもGOサインを出せるように動いていること。
さらに、経産省との再接触の際には再び同席してくれると確約してくれたこと。
そして、日本GBCの街丘部長。
DeepFuture AIの参画に驚きを示しつつも、これが大きな後押しとなり、資本参画を含めた社内調整を急ピッチで進めると約束してくれたこと。
正式には来週の投資委員会での決定待ちだが、街丘部長が稟議を上げる以上、否決はほぼないだろうという見通しまで伝えてくれたこと。
さらに――AAC(Agentic Ad Companion)。
大田CEOが前向きにパートナーとして参画する用意があると回答してきたこと。
先方は既に日米中心にAd Companion事業が拡大している為、その新たなサービス提供基盤として検討をいただける見通しであること。
Ad Companion事業はスタートした当初から注目され、既に世界のクリタこと、栗田自動車が参画している有望な事業であること。
DeepFuture AIの件、そして最後のAACの件に至り、会議室のあちこちで小さなざわめきが広がった。
経営企画の若手が顔を見合わせ、財務部長が思わず眼鏡を押し上げる。
――これは完全なるビッグサプライズ。
五井の中にまで波紋が広がっていくのを、私は確かに感じた。
※※※
「従って、我々としても“次のステップ”を踏むべきタイミングに来ていると考えます」
直也が資料を閉じ、きっぱりと告げる。
その声に、私の胸が震えた。
あの弱々しい咳を堪えていた人と同じ人とは思えない。
――やっぱり、この人は前に出ると強い。
ITセクターの統括取締役がゆっくりと頷き、資源セクター本部長に目配せした。
そして、低い声で言った。
「……一ノ瀬。よく分かった。……いや、よくやった。そこで再度経産省にアプローチしてくれ。全面的なバックアップについて、今説明してくれたステータスに基づき最終的な確認をしてきて欲しい。……その確認をもって、当社としての正式な意思決定を進める判断を行う」
視線が一点に集中する。
その中心に立たされている直也。
隣の亜紀さんが小さく笑みを浮かべたのが見えた。
私は拳を膝の上でぎゅっと握りしめる。
――ここからが、本当に正念場。
直也を信じる。
でも同時に、彼を支えられる自分でいなきゃ。
※※※
会議が散会したあと、廊下に出てからも胸の鼓動が収まらなかった。
誇らしい。
あれだけの重責を背負っても、正面から応え続ける直也の姿に心が震えた。
だけど――怖くもある。
彼は、また無理を重ねるだろう。
体調を押して、眠る時間を削って、それでも“前に出る”ことを選んでしまう。
私は、その姿を誇りに思うと同時に、焦燥感に駆られていた。
「このままじゃ壊れてしまうんじゃないか」――そんな不安が胸を離れない。
だからこそ、私が支えるしかない。
誇らしさと焦燥、その両方を胸に抱えながら、私は歩みを早めた。




