第47話:新堂亜紀
――今は、とにかく前に進めるしかない。
直也くんが無理をしているのは、痛いほど分かっている。
咳を堪えて、声を掠らせながらも経産省を動かした。
普通なら止めてあげたい。けれど、このタイミングを逃したら、全部が水泡に帰す。
だからこそ、私が動く。
幸いにも、大学時代の同期が役に立った。
いや、同期そのものではない。
彼女の上司――街丘という女性が、日本GBCでAI分野を統括する部長職に昇進していた。
まだ30代前半にして、既に役員候補と目されている。
私は早速アポを取り、直也と二人で会合に臨んだ。
※※※
日本GBC本社の会議室。
落ち着いたネイビーのスーツに身を包んだ街丘さんは、初対面からして“只者ではない”空気を放っていた。
背筋は凛と伸び、言葉遣いは端的。
それでいて、場を支配する柔らかさも持ち合わせている。
「――AIデータセンター構想については、大変興味深く拝見しました」
資料に目を落としながら、街丘さんが静かに口を開く。
日本GBCは独自のクラウドサービスを展開しているが、現状は海外ビッグテックの三大クラウドに劣後している。
それをどう打開するか。
それが、彼女が部長職に就任して以来の最大の課題だという。
「AIに特化したデータセンター。しかもエコを基盤にしている。これは、環境負荷が大きいと批判されがちなAIビジネスにとって、理想的な絵姿です」
街丘さんの言葉に、直也くんが深く頷く。
「はい。まさに、その“理想像”を日本から提示できると考えています」
会話は順調に進んだ。
街丘さんは資本参画の最終判断権は持たない。だが、内部調整を進める意志を明確にしてくれた。
さらに驚いたのは、その次の言葉だった。
「……実は、私が懇意にしているシリコンバレーの日本人経営者がいます。
大田秀介。彼が率いるAAC(Agentic Ad Companion)社は、広告やマーケティング分野におけるエージェントAIの商用提供で頭角を現している。
このプロジェクトとシナジーがあるはず。ご紹介しましょう」
私は思わず直也くんと視線を交わした。
――これは大きい。
DeepFuture AIに対して交渉力を持つためにも、こちら側のカードは多い方がいい。
米国側で対抗馬を立てられるなら、イニシアティブを握れる。
「ありがとうございます。大変、心強いです」
直也くんの声は掠れていたが、力がこもっていた。
※※※
会合を終え、虎ノ門ヒルズのエントランスホールを歩いていた時だった。
直也くんが何気なく言った。
「……街丘さんという方、すごく凛としてキレイな方でしたね」
――は?
思わず足が止まる。
「直也くん」
「はい?」
「そういう感想は、わざわざ口に出す必要ないと思わない?」
「いや、別に変な意味じゃなくて――」
「分かってる。でもね……」
頬が熱くなるのを感じた。
本気で嫉妬してる自分に気づいて、余計に腹立たしかった。
私は前を向き直り、早足で出口へ向かった。
直也くんは慌てて追いついてくる。
……ほんとにもう。
無理してる彼を支えたいって気持ちは山ほどあるのに。
どうして、たまにこうやって私の心をぐらぐらさせるんだろう。
でも。
街丘さんの協力は得られた。AAC社への道筋もついた。
交渉は、大満足の結果。
ちょっと直也くんの最後のコメントにカチンときたけど――。




