第46話:宮本玲奈
会議室の窓から差し込む午後の光が、磨き込まれたテーブルに反射していた。
DeepFuture AIのCEO、イーサン・クラーク。
背が高く、端正な顔立ちに加え、何よりも自信に裏打ちされた落ち着きがあった。
言葉を選ぶときの間すら、プレゼンテーションの一部のように洗練されている。
私は横に置いた資料を整えながら、彼の言葉を聞いていた。
「我々は、これまでオープンソースLLMと、それをベースとするAgentic AIビジネスを育ててきました。だが次の段階では、日米中心に“独自の計算資源”を確保する必要があ
ります。副次的にクラウドサービス事業も展開し、商用利用者に幅広く使ってもらう計画です」
――独自資源。
つまり、他人のクラウドを借りるのではなく、自社の基盤を持つということ。
CEOはさらに、少し表情を曇らせた。
「ただし、ご存じの通りAIは電力を過剰に消費する。環境保護の観点から批判も高まっている。ここに“エコ”な仕組みを取り込むべきだが……そうしたプレイヤーは、今の市場には非常に少ない」
私はその瞬間、はっとした。
頭の中で、直也の描いている“AIデータセンター構想”が鮮やかに重なった。
――地熱発電を基盤とした、エコで持続可能なデータセンター。
それを国策として推進しようとしている直也。
DeepFuture AIが求めているものと、直也が築こうとしているもの。
両者の間には、驚くほどのフィット感があった。
「……これだ」
小さく呟きそうになって、慌てて口をつぐむ。
※※※
会合が終わったあと、私は控室でひとり資料を整理していた。
手は動かしているのに、頭の中は完全に直也のことばかりだった。
彼なら、この瞬間を逃さないはず。
でも、ここ数日咳が止まらない様子だ。
そして、無理を押して経産省と折衝に動いたと聞いたばかりだ。
普通なら休ませるべき。
でも――このチャンスを直也抜きで進めることは、きっとあり得ない。
「……やっぱり、会わせなきゃ」
私はスマホを取り出した。
震える指で通話アイコンを押す。
数コールのあと、直也の声が聞こえた。
少し掠れた、けれど確かな声。
「玲奈か。どうした?」
「……直也。体調は大丈夫?」
「咳はまだ少し出るけど、何とかなるよ。大丈夫だ。それで?」
私は息を整えて、はっきりと告げた。
「DeepFuture AIのCEOが来日しているの。彼らは“独自計算資源”を求めている。でも同時に、“エコ”な仕組みが、その計算資源には持ち込まれるべきだと、既存のデータセンタービジネスとは違うスタイルを求めているの」
「……なるほど」
直也の声が一段低くなった。考えている時の声だ。
「直也のAIデータセンター構想と、驚くほど親和性が高い。今なら、直接会ってもらう機会を作れる。CEOはまだ数日日本に滞在しているの。二日後の午後にフリーの枠があるって。……どうする?」
一瞬、電話の向こうが沈黙した。
その間に、彼の咳払いがかすかに混じる。
胸がぎゅっと締め付けられる。
「無理は……直也に無理はして欲しくないの」
思わず言葉が漏れた。
けれど直也は、静かに笑った気配を見せた。
「ありがとう、玲奈。でも――大丈夫だ。これはオレの役割だ」
電話越しに聞こえるその声に、私の背筋は自然と伸びた。
――やっぱり、直也は自分で動くつもりだ。
だからこそ、私が全力で支えなきゃ。
「分かった。会合の場を私が整えるね」
「頼む。……玲奈に任せるよ」
通話が切れたあと、しばらくスマホを握ったまま動けなかった。
けれど次の瞬間、胸の奥に熱いものが込み上げてきた。
まだ耳の奥に、直也の声が残っていた。
――それが、私の原動力になるんだと気づいた。
「……必ず成功させる」
私はすぐに手帳を開き、CEOの滞在スケジュールを確認する。
フリーと書かれた二日後の午後に、大きな赤丸をつけた。
――これが、私の直也へのサポートの仕方だ。




