第38話:新堂亜紀
――やっぱり、大きな存在になったな。
会議室を出てからもしばらく、本部長の言葉が耳に残っていた。
直也くんが、非公式で動いて加賀谷を味方につけた。
しかも、彼の過去の稟議スピードと広報リークまで覚えていて、今度は国策案件に結び付けた。
あの頃――まだチューターとして彼を見ていたときから、「この子は伸びる」と思っていた。
けれど、もう“子”なんて言えない。
私よりもずっと、大きな仕事を動かせる“男”になってきている。
だからこそ。
ここで絶対に失敗させてはいけない。
この機を逃すわけにはいかない。
※※※
資源セクション。
AIデータセンター計画のクリティカルパスを握る彼らの合意がなければ、この案件は宙に浮く。
私は頭の中で人脈を洗い出した。
――いた。同期の佐伯。
若い頃からアフリカやロシアの現地に飛ばされ、資源権益を体で掴んできた武骨な男。
だが昔から、女性相手には意外と腰が引ける。特に私に対しては、からかうとすぐ顔を赤くするタイプだった。
「……直也くん、今晩は準備しておいて」
声をかけると、彼は不思議そうに首を傾げた。
「え?」
「資源セクション、先にほぐしておこう。私の同期の佐伯くんを押さえれば現場は早い」
にやりと笑い、私はロッカールームでスカートに着替える。
普段はパンツルックばかりだけれど――こういう時の為のコスチューム。
タイトなミニ。ハイヒール。髪も少し巻いて、グロスを差す。
鏡の前で自分を一瞥し、苦笑する。
「……女狐モードに変身、か」
でも、今夜はそれでいい。直也くんのために。プロジェクトのために。
※※※
都内の落ち着いたバー。
カウンター席に腰かけると、佐伯が目を丸くした。
「お、おい……亜紀ちゃん。今日は……すごく、えっと……」
言葉を探して、耳まで赤くしている。海外であれだけ修羅場を潜ってきた男が、この様子。
やっぱり、分かりやすい人だ。
「ふふ。あまりそういう事言うと、セクハラ判定されるわよ」
わざと足を組み替え、笑みを浮かべる。
隣の直也くんは、完全に目が点になっていた。
「……」
慌ててグラスの水を飲み干し、咳払いで気を紛らわせている。
――直也くん、あなたには後でちゃんと説明するから。
グラスを傾けながら、私は自然に話を切り出す。
「実はね、今度のAIデータセンター計画。資源セクションの理解がどうしても必要なの」
「ふむ……その話はチラッと聞いてる」佐伯が真顔に戻る。
「直也くんも一緒に動いている。グリゴラの加賀谷さんも乗ってきた。ここでそろそろ社としてのコンセンサスを固める必要がある。だから、あとは資源セクションがどう見るか」
直也くんは堅く真面目に、プロジェクトの意義を佐伯に語った。
だが、佐伯の視線は時折私に泳ぎ、集中を乱しているのが手に取るように分かった。
私はグラスの縁に指を滑らせ、囁くように言った。
「お願い、佐伯くん。あなたが現場で声をあげてくれたら、資源も動くわ」
少しの沈黙。
やがて、佐伯は口角を上げ、頷いた。
「……分かった。非公式に、現場レベルで“この案件は意義があるから協力しよう”って伝えておく」
※※※
帰り道。
直也くんはまだ少し固まった表情で歩いていた。
「……亜紀さん、さっきのは……」
「いいの、いいの。これも仕事なんだから」
笑ってごまかした。
本気で佐伯に惚れさせるつもりなんてない。
ただ、女としてのカードを切る事も、時には必要だ。
そういう立ち回りも、ウチのような総合商社では求められることがある。
横を歩く直也くんの横顔を見ると、口を一文字に結んでいた。
――ほんと、真面目すぎるんだから。
でも。
この最大の機会をものにするためなら、私は何だってやる。
直也くんを、絶対に勝たせるために。
そして直也くんを私に振り向かせるんだ。




