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第34話:外から火をつける(一ノ瀬直也)

 夕食を終え、保奈美と一緒に片付けをしたあと。

 リビングのテーブルでノートPCを広げた。


 本当なら、二階の書斎に籠って仕事をするのが一番落ち着く。

 でも――この家で二人きりになってからは、リビングで仕事をするようにしている。

 保奈美を一人にしたくないし、彼女もまた、勉強をする時はいつもここにノートを広げる。

 同じ空間にいて、別々のことをしている。その距離感が、妙に心地いい。


 ペンを走らせていた保奈美がちらりとこちらを見て、微笑んだ。

「直也さん、お仕事ですか?」

「ああ。……ちょっとまとめておきたいことがあるんだ」

「邪魔しないように、静かに勉強してますね」

 そう言って再びノートに向かう彼女の横顔を見て、胸が少し温かくなった。


 ――そして、保奈美の笑顔に促されるように、別のモードに切り替わる。


※※※


 エコAIデータセンター事業の資料作成を進める。

 キーワードを画面に並べる。


 ――クリティカルパス。


・地熱電源拡張

・温泉街調整

・行政特区指定


 この三本柱を突破しなければ、AIデータセンター計画は夢物語で終わる。

 逆に言えば、突破すれば「実現可能」になる。


 問題は――誰が最初にリスクを背負うか、だ。


 資源セクションは慎重。

 電力会社も行政の後押しがなければそもそも絶対に動かないし、調整にも相当の時間がかかる。

 経営企画は数字を要求し、経営陣は「確実性」を口にする。

 ……このままでは全員が “慎重派” に回り、プロジェクトはいきなり開店休業状態になる。


「社内で決裁を、しかも短期間に通すには、説得力のあるトリガーが必要だ」

 声にならない独白が、胸の奥で重く響いた。


※※※


 オレの指がタッチパッドを滑る。

 視線は資料に、思考は未来に。


 ――外から先に火をつける方法はないだろうか?


 国がいま全力で推している政策、それは半導体。

 日系資本の「グリゴラ」が新世代GPUの量産を始めている。

 ウチの会社も出資している。

 グリゴラの大規模な増資に際しては、オレ自身が担当者として稟議し、調整も進めた。


 グリゴラは日の丸半導体復権のための国策メーカーだ。

 最先端の半導体設計・製造を可能にするために、国内の専門人材を集結させた。

 それに加えて「日米」の連携を明示するようなBGCグループ――世界最大のコンピューター企業――による技術支援を受けている。

 そして、それを裏書きするように、日本BGCからマイノリティとはいえ出資を受けている企業だ。


 もし、このプロジェクトを――「グリゴラ製GPU採用のAIデータセンター」として旗を立てられたら?

 経産省は無視できない。

 国策半導体を活用する国策エコAIデータセンターという文脈に組み込ませる事も可能ではないだろうか?


 国策に乗れば、資源セクションも経営企画セクションも逆らえない。

 「国が後押しするならやるしかない」と論理が逆転する。

 とりわけ総合商社の中にあっても、「国士」と呼ばれてきた企業風土を持つ五井物産である以上、国家社会の為のプランに全く呼応しないというスタンスはない。


 オレはノートPCになぐり書きするようにワーディングしていた。


【外部布石】グリゴラ幹部接触 → GPU採用前提で提携を協議

【外部布石】経産省政策ルート確保 → 半導体政策担当者へのアプローチ

【内部効果】=ITセクション内意思決定を後押し

【全社効果】=総合商社全体の合意形成を加速


 外を先に動かし、内を説得する。

 ――この順序しかない。


※※※


 横でペンを走らせる音がする。

 保奈美は英単語帳に黙々と書き込み、時折首を傾げてはページをめくっている。

 その静かな努力の音に、不思議と背中を押される気がした。


「……よし」

 小さく息を吐く。


 この戦いは、絶対に負けられない。

 これは日本という国の未来を創るためにも絶対に勝たなければならない戦いだ。

 これは世界をよりよい場所にするための戦いなのだから。


 画面に浮かぶ文字列を見つめながら、心の奥で呟いた。

 ――だからこそ、このプロジェクトを “国策” に仕立てる。

 そのために、オレ自身が率先して動くしかないな。


 ――グリゴラの加賀谷さん。オレの事を覚えてくれていればいいのだが……。


 隣で勉強する保奈美の存在が、オレの決意をさらに固めていった。

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