第32話:谷川莉子
夕方、駅前商店街へのお届け物を済ませたところで、ふと視線の先に保奈美ちゃんの姿を見つけた。
「……あれ?」
思わず足が止まった。
もともと美人だということは知っていた。
でも今日の彼女は、どこか雰囲気が違う。
白い肌がふんわりと明るく映え、目元は自然な陰影でぱっちりとしている。
唇もほんのり色づいて、普段より柔らかく、大人びた印象をまとっていた。
――これ、ナチョラルメイク……?
でも、まるで“すっぴんの美人”にしか見えない。
その自然さが、逆に彼女の可愛らしさを際立たせていた。
「莉子さん、こんにちは」
いつものように小さく会釈をしてくる。
「こ、こんにちは……なんだか、すごく大人っぽくなったわね」
口から出たのは、心からの感想だった。
保奈美ちゃんは一瞬きょとんとした後、はにかんだように笑った。
「えっ……そうですか? あんまり自分じゃ分からなくて」
その照れた仕草がまた可愛くて、胸の奥がちくりと痛んだ。
※※※
自然な流れで、近所のいつも使っているスーパーに一緒に寄ることになった。
店内は夕方の買い物客で賑わっていたけれど、保奈美ちゃんは慣れた様子でかごを手に取り、真剣な顔で野菜売り場に向かう。
「人参は小ぶりの方が甘い…。今日は煮込みじゃなくて炒め物に使うから、このくらいのサイズがいいかな」
「へぇ……」
私は思わず感心してしまう。
彼女は値札を見て安いものを選ぶのではなく、形や色艶をひとつひとつ確認してからカゴに入れていた。
トマトを手にとって香りを確かめ、玉ねぎは硬さをチェックする。
「挽き肉は……今日は粗挽きにしよう。歯ごたえがある方が、直也さん――じゃなくて、お義兄さんが好きだから」
口を滑らせて赤くなる保奈美ちゃんに、私は笑みを抑えるのが大変だった。
――ほんとうに、“家のこと”を背負って生きているんだな、この子は。
そんな姿を見て、胸がきゅっと締めつけられる。
レジに並ぶ前、私は隣で声をかけた。
「ねぇ、保奈美ちゃん。大変なことも多いでしょう? お家のこと、もし困ったら、いつでもサポートするから。遠慮なく言ってね」
彼女は一瞬だけ驚いた顔をして、それから柔らかい笑みを返してきた。
「ありがとうございます。でも……出来るだけ自分たちで頑張ってみます」
その返事が、彼女らしくて胸に沁みた。
私は病院に付き添った日のことを思い出す。
あの日も、彼女は何度もお礼を言ってくれた。
誰にでも感謝を伝えられる子――だからこそ余計に放っておけない。
「……ほんと、いい子ね」
思わず口にしていた。
けれど同時に、胸の奥で小さな棘が刺さるような感覚もあった。
スーパーのレジ袋を抱えて歩く彼女の背中は、もう“ただの女子高生”には見えなかった。
きちんと家を支える女性の背中だった。
――もっと直也くんのお世話をする機会があると思ったんだけどな。
暮れかけた空の下、白いシャツの背中を追いながら、私は静かに息を吐いた。
その夜。
部屋のベッドに仰向けになりながら、スマホを指でスクロールしていた。
けれどSNSの文字はほとんど頭に入ってこない。
浮かぶのは――今日見た保奈美ちゃんの姿。
メイクで大人びた顔。
スーパーで材料を吟味する真剣な横顔。
「……ホント、可愛かった」
ぽつりと呟いて、ため息をついた。
もともと美人な子だと思っていた。
でも自身でそれを理解して武器にし始めている。
私はスマホを置き、天井を見上げながら考え込む。
――最近、直也くんとの接点が乏しいな。
もうすぐ夏になる。
自治会の行事や地域の繋がりなどの機会で、彼との接点を増やさないと。
「もっと頑張ろう」
暗い部屋の中、小さくそう呟いた。




