第24話:一ノ瀬保奈美
「じゃあ、数日出張に行ってくる」
直也さんがそう言ったとき、胸の奥がきゅっと掴まれるように痛んだ。
東北――岩手県、八幡平。
AIデータセンターの候補地を見に行くのだと、真剣な眼差しで説明してくれた。
「資源セクションの人たちと一緒に現地を見てくる。地熱発電や立地条件を、自分の目で確かめたいんだ」
すごく重要なプロジェクトに携わる直也さんの事が誇らしい。
でも、それ以上に寂しい。
直也さんが何日も家を空けるなんて、初めてだから。
当日の朝。
制服姿の私は、キャリーケースを引く直也さんと一緒に玄関を出た。
「鍵、ちゃんと閉めるんだぞ」
「分かってます」
「火の元のチェックも忘れずにね」
「……小学生じゃないんだから」
そんなやりとりが、妙にくすぐったくて、でも安心する。
二人で歩く道。駅までの坂道。
こんな短い時間でさえ、「一緒にいる」ことが愛おしくてたまらなかった。
電車に乗り込むと、車内は通勤客でぎゅうぎゅう詰めだった。
私はつり革につかまり、直也さんはキャリーケースを押さえながら隣に立つ。
しばらく無言のまま、ただ同じ揺れに身を任せていた。
大崎駅。
直也さんが降りる駅。
ホームに停まった瞬間、彼は私の肩に軽く手を置いて言った。
「じゃあ、行ってくる」
扉が開き、直也さんは人混みに紛れた。
けれど振り返って、私の方を見て手を振ってくれる。
その笑顔を見た瞬間――不覚にも、目から涙がこぼれた。
どうして。
数日だけの出張なのに。
帰ってくるって分かっているのに。
胸の奥から溢れてくる不安は、止めようがなかった。
……あの日を思い出すから。
ゴールデンウィークの朝、「いってらっしゃい」と笑顔で見送った母と義父が、二度と帰ってこなかったあの日。
だから私は、残された唯一の家族――直也さんのことが、心配で心配でたまらない。
失うなんて、考えたくない。
でも、直也さんに心配をかけたくない。
私は慌てて笑顔を作り、涙を袖で拭いながら、窓越しに手を振り返した。
電車がホームを離れていく。
視界の端で、直也さんが小さくなるまで、手を振ってくれていた。
「……どうか、無事に帰ってきて」
胸の中で小さく祈った。
扁桃炎で寝込んだ時も、いつもすぐ隣にいてくれた直也さん。
直也さんが数日いないだけで、こんなに心細くなるなんて。
――でも、私には「家を守る」役目がある。
掃除も、洗濯も、料理も、全部ちゃんとやって、直也さんが帰ってきた時に「これなら安心だ」と思えるようにしておかなきゃ。
そう決意しながらも、窓に映る自分の赤くなった目を見て、苦笑した。
「私って……こんなに寂しがり屋だったんだ」
電車の揺れに身を任せながら、次に会える日を指折り数えた。




