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第23話:一ノ瀬直也

 もうすぐ七月。

梅雨明けはもう少し先になるが、今年も暑い夏になりそうだ。

 オレは今日オフィスに出社している。

 午前のサンフランシスコ支社との打ち合わせが終わったあと、デスクに戻ってきたオレは、国内案件の資料に目を通していた。


 ――AIデータセンター事業。


 いま会社のITセクションで最大のテーマであり、正直「生き残りを賭けた」挑戦でもあった。


 ウチの商社は、日本で最も古い歴史を誇る総合商社の最大手だ。

 資源セクションは盤石。石油・天然ガス・鉱山権益といった“金の卵”を握っているから、数千億単位の利益を安定的に稼ぎ出している。

 その一方で、オレたちITセクションは、どうしても相対的に見劣りする。

 いくら頑張っても売上規模は数百億レベル。資源に比べれば雀の涙に過ぎない。


 とはいえ状況は変わってきている。

 ライバル商社の一つが「川下戦略」を掲げ、クラウドやデータ関連で急速に事業を伸ばしているのだ。

 資源等の権益に頼れないからこそ地道に積み上げてきたIT関連での売上。

 結局は継続的に、且つ体系的に取り組む者が勝つのは道理というものだろう。

 社内の目線が、ついにこちらにも向き始めていた。


 「ビッグテックにいきなり真っ向勝負なんてできない」

 「だが、我々が持っている強みを活かせば勝ち筋はある」


 社内会議で繰り返されているのは、その一点だ。


 ――AI特化型データセンター。


 生成AIの急成長で、GPUサーバを数千台単位で並べる施設への需要は爆発している。

 その消費電力は莫大で、冷却設備も既存のデータセンターとは桁違いの負荷を要求する。

 その電力をどう確保するか――これが事業成否のカギを握っていた。


 だから、この案件は「ITセクション単独」ではなく、「資源セクション」との共同プロジェクトとして動いている。

 社内横断型の合同会議が、このあと午後イチに予定されていた。


 会議室に入ると、すでに資源セクションの部長と課長たちが席に着いていた。

 こちらからはオレを含めたITセクションの数名。

 両者の資料が並ぶテーブルの上には、地熱発電・風力・太陽光の発電コスト試算と、データセンターの消費電力予測が無造作に広げられていた。


 資源セクションの課長が口火を切った。

 「現実的に見て、再エネ一本ではベース電源が安定しません。だから火力を併用せざるを得ない」

 「しかしそれでは『エコAIデータセンター』の看板が立ちませんよ」オレがすぐに返す。


 沈黙。

 会議室に微妙な緊張が走る。


 「――そういう話だろうと思っていた。それなら地熱だろうな」

 資源側の部長が低い声で切り出した。

 「日本は世界でも有数の火山国。地熱発電のポテンシャルは大きいが、観光地や温泉組合との調整が難しく、長年進んでいない。しかし、もしデータセンターという“電力の出口”が明確にあるなら、プロジェクトとして説得力を持つ筈だ」


 オレは頷きながらメモを取った。

 実際、地熱は“24時間安定して発電できる唯一の再エネ”だ。風力や太陽光のような出力変動がない。

 しかも、火山帯に近い地方は土地も安価で、広い敷地を確保できる。データセンターの立地条件に合致する。


 「有力な候補地はありますか?」

 オレの問いに、資源セクションの課長が地図を広げた。


 「東北――特に岩手県の八幡平。ここは既に地熱発電所が複数稼働している。冷涼な気候で冷却効率も高い。送電網の増強は必要だが、現実的だと思う」

 「もう一つは九州――大分の九重連山近辺。地熱資源が豊富で、再エネ事業の実績もある。ただし、温泉街との調整は必須になるだろうね」


 地図を見ながら、オレは息を整えた。

 ――なるほど、リアルだ。

 実際に立ち上げるなら、このどちらかが初期設置の候補になる。


 「仮に八幡平に設置した場合、年間消費電力は?」

 「GPUサーバ5000台規模で、年間約200GWh。地熱だけでなく、周辺の風力や太陽光も組み合わせる必要がある。資源セクションとしては、再エネPPA(電力購入契約)の形でまとめるつもりだ」


 議論は続いた。

 資源セクションは「採算性と電源の安定供給」を最優先。

 ITセクションは「差別化と市場インパクト」を重視。

 どちらも譲れない。だが、両輪でなければ進まない。

 そういう意味では、行政支援の可能性、例えば経産省や環境省、地方自治体の補助金活用等を検討する必要があるだろう。


 会議が終わる頃、オレは深く息を吐いた。

 ――非常に難題だが、やりようはありそうだ。


 総合商社という組織の中で、セクションの論理を越えて新しい事業を立ち上げる。

 これこそ、オレがこの会社でやりたかった仕事と言えるだろう。


 資料を抱えてデスクに戻りながら、小さく呟いた。

 「……なんとかまず形にしてみよう」


 若い世代の未来を支えるためにも、この挑戦を成功させなければ。

 オレはふと保奈美の笑顔を思い浮かべた。

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