第21話:一ノ瀬直也
午前八時半、オフィスに着くと同時に、すぐに会議室へ直行した。
午前中はサンフランシスコ支社とのオンライン会議。投資先のスタートアップの進捗確認に加え、追加投資の可能性をめぐって、現地マネージャーとかなり突っ込んだやり取りをする。
時差の関係でどうしても朝イチになるが、これはもう仕方がない。
会議が終わると、どっと疲れが押し寄せた。関連資料を読み込み、整理し終える頃には時計の針は十二時半を回っていた。
昼食を買ってデスクで済ませるつもりだったが、背後から声がかかる。
「直也、一緒にランチしない?」
振り向けば、同期の宮本玲奈が立っていた。
断る理由もないので、二人で大手町のレストランへ向かう。注文したのはパスタランチ。
食べながら、玲奈はやはりあの話題を持ち出してきた。
「で、どうなの? 義妹ちゃんとの生活」
「……ああ。すごく頑張ってる。洗濯や料理はほとんど保奈美がやってくれてるし。掃除くらいはオレがしてるけど」
「ふーん……」
玲奈はフォークを回しながら、じろりとこちらを見た。
「なんか、すごく幸せそうな顔してるんだけど」
「……そう見えるか?」
「見えるよ」
笑ってごまかしつつ、思わず口に出しかけた。
――焼きリンゴのこと。
だが、すぐに飲み込んだ。
あれは誰かに話すべきことじゃない。母の残したレシピと保奈美の気持ち。あの瞬間の涙は、自分にとっての本当に神聖な思い出だ。軽々しく口にしてはいけない。
午後は国内スタートアップとの面談、その後は投資先のAI企業との打ち合わせ。さらに新設予定のデータセンター開発の下調べ。気がつけば、もう十九時を回っていた。
今日はセクションの飲み会がある。いつも欠席ばかりでは示しがつかない。
保奈美には朝のうちに「今日は外食になる」と伝えてある。
二十時、飲み会開始。
グラスを傾ければ、久しぶりのアルコールが身体に染みる。ハイボールに続けて、ついバーボンも口にした。
隣には、いつの間にか新堂亜紀先輩が座っていた。
「どうなの、義妹ちゃんとの生活は?」
「……その話、つい昼間に、玲奈からも聞かれましたよ」
「ふふ。まぁ直也くんはちゃんとしてるから心配はしてないけど。でもね、あなたは私の可愛い後輩だから」
「スイマセン、ご心配おかけして」
「いいの。心配するのが、元チューターとして当然の役割だから」
柔らかな笑顔に、少し肩の力が抜けた。
飲み会は和やかに進み、二十二時にようやくお開きとなった。
家に帰り着いたときには、すっかり酔いも回っていた。
リビングの灯りがついている。ドアを開けると、そこに保奈美がいた。
「おかえりなさい、直也さん」
テーブルには湯気の立つ茶碗。
「……これは?」
「うずめ飯です。飲みすぎたときに効くって、ネットで調べたんです」
さらさらと出汁をかけたご飯に、刻んだ野菜と焼き魚の身が忍ばせてある。
熱い一口を流し込むと、酒で重くなった胃がすっと落ち着いていく。
「……効くな、これは」
「だから言ったでしょ。飲み過ぎはダメですよ」
「あははっ。なんか、義妹ちゃんなのに、奥さんみたいだな」
「そ、そんなこと言ってないで! さっさと食べて、お風呂入ってください!」
思わず笑みがこぼれた。
――今日も、仕事したなぁ。
でも、最後に待っていたこの一杯が、一番沁みる。




