第18話:一ノ瀬直也
掃除機を買いに行こうと思った理由は、極めてシンプルだ。
――保奈美の扁桃炎。
高熱で苦しむ彼女を見て、ふと思ったのだ。
築四十年のこの家は、父とオレが長く住んできた場所だ。古い分だけ思い出もある。だが同時に、最新の住宅と比べればどうしてもホコリが溜まりやすく、あちこちに手直しの必要があるのも事実だった。
もしかしたら、このホコリが彼女の体調を悪くした一因なのではないか。そう考えると、居ても立っても居られなかった。
オレにできることは、保奈美が暮らす環境を少しでも整えること。
だから、まずは掃除機だった。効率的に、徹底的にホコリを取り除けるように。
そこで休日を費やしてわざわざ掃除機を買いに行ったのだ。
――ただ、家のことを考えるなら、金のことも避けては通れない。
父と義母が遺してくれたものは大きい。
遺産が合計で約一千万円。保険金がそれぞれ六百万円で合計千二百万円。合わせて二千二百万円。
そのうち二千万円は「いざという時」のために投資信託等で分散投資しておく予定だ。使わないと決めることで、安心材料になる。
そして、事故に伴うバス会社からの補償金。
一人あたり千五百万円で、二人分で三千万円。
これはまるごと、保奈美のために使うべきだ。学資用の預金として確保しておく。彼女の未来のために絶対に守る。
オレは、保奈美が望むように上の学校へ進学させたい。
大学でも専門学校でも、もし望むなら大学院まででも構わない。三千万円あれば、仮に私大医学部だとしても何とかなる。
……彼女の未来を狭めることだけは絶対にしたくなかった。
だからこそ、当面の生活費は、できる限りオレの現収入で回す必要がある。
今の手取りは三十万円前後。
そこから光熱費や水道代、通信費などを除き、十五万円ほどを「家庭の諸々」に充てる計画を立てた。
もちろん、保奈美にだって小遣いは必要だ。
高校生である以上、友達と遊んだり、買い物をしたりする自由を持たせてやらなければいけない。
それに、日々の食材や日用品の買い出しは、彼女の判断で自由にできるようにしてやりたい。
「家のことを守る」という意識を育むためにも。
大きな買い物は別枠だ。
定期に入れず残した二百万円と、オレ自身の貯金が百万円ほど。
この三百万円を「緊急支出」用のバッファにする。
こうして計算を重ねていくと、数字の上ではきちんと収まる。
だが、それ以上に大切なのは「責任感」だと思う。
父と義母が残したものを無駄にせず、保奈美の未来を支えること。
そのために――オレは、仕事と家庭、両方をきっちり守らなければならない。
机の上に、買ってきた掃除機のパンフレットを置きながら、小さく息を吐いた。
「よし……やれる」
数字だけじゃない。
これは、オレと保奈美の「これからの家族」としての設計図なのだ。




