第17話:一ノ瀬直也
久しぶりにスーツを着て出社した。
執務フロアに入ると、同僚たちの視線が一斉にこちらに集まる。
「おー、一ノ瀬! なんだよ、珍しくリモート続きだったな。オフィス出社なんてすごく久しぶりじゃん」
「お前が珍しく体調でも崩したのかと思ったら……義妹ちゃんの看病だって? マジで家庭人だなぁ」
にやにや笑いと冷やかしの声が飛んでくる。
――やっぱり、そうなるよな。
これまでのオレは効率第一主義。
とにかく仕事優先で、私生活のことを同僚に語ったことなんてほとんどない。
そのオレが、義妹の看病を理由にリモートワークに切り替えた。
周囲から見れば、それは驚き以外の何物でもないのだろう。
「お前さ、意外と“お兄ちゃん”なんだな」
「仕事より家庭優先する一ノ瀬なんて、初めて見たわ」
……どう返せばいいんだか。
曖昧に笑って受け流すしかない。
そんな中、デスクに向かうと、すぐに玲奈がやってきた。
「直也。保奈美ちゃん、もう大丈夫?」
「ああ。熱も下がって、今日からまた登校している。玲奈、お見舞いありがとうな。同期とはいえ、わざわざお見舞いまでしてもらって、助かったよ」
玲奈は軽く肩をすくめて、少し照れくさそうに笑った。
「同期として当然でしょ。……でも、ほんとに大変そうだったね」
そこに亜紀さんが隣接しているブースからやってきた。
落ち着いた笑みを浮かべて、少し首を傾げる仕草は昔と変わらない。
「直也くん、あのあとも大丈夫だった? 莉子さんがしばらくサポートしてくれていたの?」
その問いには、すぐに首を横に振った。
「莉子には、あの日だけ助けてもらいました。あまり迷惑かける訳にもいきませんし、それに翌日には保奈美の熱もだいぶ下がったので、あとは全部自分でやってましたよ」
それは本心だった。
確かにあの日、莉子の助けがなければ乗り切れなかった。
でも、彼女に甘え続けるつもりはなかった。
家庭はオレと保奈美で守るものだ――その決意を他所で口にするつもりはないけれど、オレ自身の中では決めている事だ。
「そう……。でも、何かあれば遠慮しないで言ってね。私はあなたの元チューターだもの」
亜紀さんは柔和な笑顔でそう言った。
……本当に、こういう同僚や先輩の存在は、ありがたい。
茶化されるのは少し面倒だが、こうして気にかけてくれる人がいるのは、決して当たり前じゃない。
「ありがとうございます。玲奈も亜紀さんも、本当に」
そう頭を下げると、二人は顔を見合わせて、同時に微笑んだ。
――まぁ、まだまだオレの周りは騒がしい。
ともあれ、守るべきものができた以上、多少のからかいや誤解は仕方ないか。




