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第15話:一ノ瀬直也

 夕方から賑やかだったリビングも、夜になれば静まり返った。

 玲奈も亜紀さんも帰り、莉子も「また明日寄るね」と笑顔で手を振って戻っていった。

 騒がしさが消えると、家の中に漂うのは、ほんのりと出汁の香りと、さっきまでの余韻だけだった。


 ひとりになったリビングで、作ってもらった雑炊を温め直しながら、オレは心の中で小さく息を吐いた。

 ――なんであんなに空気が重かったんだろう。

 女性陣の間に漂っていた微妙な緊張感の理由は、オレにはさっぱり理解できなかった。


 ただ一つ分かるのは、保奈美の体調が一番大事だということだ。


 食器を片付けていると、階段の方で小さな足音がした。

 振り返ると、毛布を抱えた保奈美が、少し不満げな顔で降りてきた。


 「……どうした?」

 「昼間たくさん寝ちゃったから、なかなか眠れなくて」


 言葉の裏にある意図は、すぐに分かった。

 ――一緒にいてほしい。

 昨日の夜と同じだ。


 オレは椅子に腰を下ろし、腕を組んで保奈美を見やった。

 「……義妹ちゃんは甘えん坊だね」


 軽い冗談のつもりだった。

 けれど、保奈美の表情は一瞬で曇った。


 「……なんで“義妹ちゃん”なんて言い方するの?」

 「だって、義妹だろ?」

 「そうだけど……でも、それじゃいや。名前で呼んで。じゃないと寝ないから」


 言いながら、唇をぎゅっと噛みしめる。

 その目は、子どものわがままにしては真剣すぎて、オレは思わず言葉を詰まらせた。


 線引きは必要だ。

 昨日、そう心に刻んだばかりだ。

 オレは兄として、保奈美を守らなきゃいけない。

 けれど、その線を越えてしまえば、ただの“年上の男と女子高生”になってしまう。


 ……だからこそ、「義妹ちゃん」と呼んで、距離を保つつもりだった。

 だが、保奈美の必死な目を前にすると、その理屈は揺らいでしまう。


 「……風邪引いてるから、今だけな、保奈美ちゃん」

 小さく妥協の言葉を吐いた瞬間、保奈美の顔にぱっと笑みが咲いた。


 「……ありがと、直也さん」


 その声はかすれて弱々しいはずなのに、不思議と胸の奥に強く残った。


 「じゃあ、昨日と同じで……寝るまで一緒にいてね?」

 「……仕方ないな」


 そう言いつつ、オレはソファに毛布を敷き直し、保奈美の隣に横になる。

 小さな背中が毛布の下でもぞりと動いて、やがてオレの方に少し寄ってくる。

 ――可哀想だから、仕方なく。

 自分にそう言い聞かせながら、保奈美の細い手を握ってやった。


 「大丈夫だ。そばにいるから」

 そう囁くと、保奈美は安心したように瞳を閉じ、規則正しい寝息を立て始めた。


 ……可哀想だと思う気持ちは、本物だ。

 けれど、この優しさがいつか彼女を甘やかすことにならないか。

 そして自分自身の心をも揺らがせないか。


 ――もっと考えないといけないな。

 目を閉じながら、そんな思いを胸に刻んだ。


 こうして、オレたちの“新しい日常”は、またひとつ形を変えていった。

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