第14話:谷川莉子
保奈美ちゃんが高熱で倒れた、と直也から電話をもらったとき――胸の奥がじんわりと温かくなった。
もちろん、保奈美ちゃんが心配だった。
でも、それ以上に「とっさに直也くんが自分に頼ってくれた」という事実が嬉しくて仕方がなかった。
――ああ、やっぱり私は直也くんから、いざという時に頼りにしてくれる存在なんだ。
すぐ近所に居る私の存在を、彼自身もちゃんと覚えていてくれたんだ。
直也くんは二十代半ば。
大学を出て総合商社に入社し、エリートビジネスマンの道を歩んでいる。
けれど、私にとってはずっと、すぐ近所のお兄さん。
子どものころから一緒に遊んで、困ったときには背中を押してくれて、泣いたときには隣で慰めてくれた――そういう「頼りになる直也くん」のままだった。
だから、保奈美ちゃん一人では支えきれないことがあるなら、私が手伝えばいい。
料理でも、掃除でも、直也くんの家庭をサポートする事ならなんでも。
それが自然で、ごく当たり前のことに思えた。
……私にとって直也くんは、そういう存在なのだ。
鍋を火にかけながら、キッチンに立つ。
保奈美ちゃんのために、喉に優しい『おかゆ』を作りながら、内心では少し誇らしい気持ちだった。
「この役目を担えるのは、私だけ」――そんな喜びを感じていた。
けれど、それは長くは続かなかった。
玄関のチャイムが鳴り、現れたのは直也くんの会社の同期だという女性――宮本玲奈さん。
さらに間を置かず、先輩社員の新堂亜紀さんまで姿を現した。
就業時間中なのに、どうして?
会社で一緒に働いているからって、こんな風に家に来るものなの?
表情には出さなかったけれど、胸の奥はざわついた。
直也くんが女性にだらしない人でないことは、私が一番知っている。
だから、彼女たちの訪問が何か軽率な意味を持つわけじゃないのは分かっている。
けれど――。
「直也くんを心配して来る女性」がこんなにいるのか。
「直也くんを支えたい」と思っているのが、私だけじゃないのか……。
リビングで、玲奈さんと亜紀さんが直也くんに話しかける。
保奈美ちゃんを案じているのは分かる。
でも、その声色にはどこか“直也くんを支えてあげたい”という思いがにじんでいて、私の耳にはそれが刺さって仕方がなかった。
――いや、違う。
私は別に恋人だとか、そういう立場じゃない。
ただの幼馴染にすぎない。
そう自分に言い聞かせるのに、どうしてこんなに心がざわつくんだろう。
それでも――私は鍋をかき混ぜ続けた。
料理をしている限り、この場での私の立ち位置は揺るがない。
「家庭的な幼馴染」というアドバンテージは、誰にも奪えない。
お玉を握る手に力を込めながら、私は心の奥で小さくつぶやいた。
――直也くん。
私はいつでも、何かあればすぐ支えられる近所の幼馴染だからね。
だから私をもっと頼って欲しいな。




