第12話:新堂亜紀
直也くんから義妹の保奈美ちゃんが体調を崩したと聞いたとき、正直なところ「まあ当然ね」と思った。
新生活が始まって間もない。十六歳の女の子が慣れない環境で無理をすれば、心身ともに疲れが出るのは自然なことだ。
それに――直也くん。
彼は責任感が強いけれど、プライベートに関しては実に不器用だ。
義妹が体調を崩したと聞いて、どうしていいか分からず、必要以上に戸惑っている姿が目に浮かぶ。
……だから、元チューターとして、私が顔を出して直也の負担を少しでも軽減してあげようと思ったのだ。
必要なら料理くらいは作ってあげよう。
キャリアウーマンである私が、一方ではそうした家庭的な側面でも支えになるのを見れば、直也くんも「助かります」なんて言って、少しは肩の荷を下ろすだろう。
ところが……。
玄関を開けて一歩入った瞬間、私は目を見開いた。
リビングのキッチンに立っていたのは、見知らぬ若い女性。
エプロン姿で鍋をかき回しながら、にこやかにこちらを振り向く。
「こんにちは。谷川莉子です。直也くんの幼馴染で」
――幼馴染?
エプロン。鍋。柔らかな笑顔。
それは、まさに私が担おうと思っていた役割そのものだった。
しかも、あまりに自然にその場を占拠している。
「……ん?…どういう事かな…」
私は努めて落ち着いた声を出し、笑顔を作った。
年上としての余裕。先輩としての貫禄。
そういうものを崩してはいけないと、頭のどこかで冷静に判断していた。
だが、心の奥は穏やかではなかった。
――先を越された。
ちょっと悔しいかな、これは。
さらに追い打ちをかけるように、すでに部屋には玲奈までいた。
就業時間中にこうして抜けて来るなんて、私くらいだろうと思っていた。
それなのに、同期という立場を武器にして、玲奈は一足早くこの家に入り込んでいた。
「直也、なんでこういうこと、先に言わないの?」
「いや、別に言うようなことじゃないだろ」
玲奈が突っ込みを入れる声を聞きながら、私は表情を崩さないよう必死だった。
私は冷静を装いながら、二人を観察した。
莉子――家庭的で、幼馴染ね。
玲奈――同期で、同じ部署。就業時間にサボって直也くんの自宅に来る。
そして私は――元チューター。
まぁ私自身も就業時間中なのにここに来ているから玲奈を叱る訳にもいかない。
……しかし、手を組んで落ち着いた風情を装ってはいる。
けれども、気づけば完全に“後手”に回っている感じだ。
「保奈美ちゃんは、大丈夫なの?」
私はあえて柔らかな声で直也くんに症状を確認する。
扁桃炎という事だから、私の予想通り、ここまでの精神的な疲れが体に出てしまい、更に無理をしていたから高熱が出たというところだろう。
それにしても―。
エプロン姿で鍋をかき回す莉子。
リビングで気楽そうにくつろぐ玲奈。
そして、当の直也はというと、何も気づいていない顔で「ありがとう、助かります」なんて言っている。
――まったく、鈍いね。




