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第10話:一ノ瀬直也

 昼過ぎ、病院から戻ってきた莉子と保奈美を玄関で迎えた。

 診察の結果は扁桃炎。熱は高いものの、解熱剤も併用すれば熱が抑えられるので、あとは抗生剤を飲んで数日休養を取れば治るという。

 「大事なくてよかった……」

 胸の奥から安堵の息が漏れた。


 昼は莉子が作ってくれたおかゆを保奈美が食べた。

 オレと莉子は、莉子がもってきてくれたお惣菜とご飯とお味噌汁を頂く。


 保奈美はまだ少しふらついていたが、薬を飲んで布団に横になれば、しばらくは落ち着くだろう。リビングで寝ているというので、オレは二階の自室に籠り、投資判断の資料を読み込み始めた。提出期限が迫っている案件だ。


 午後三時。

 社内稟議用のドラフトを作成していると、インターホンが鳴った。

 画面を見ると――宮本玲奈。


 「お見舞いに来たよー」

 元気な声と共に差し入れの袋を掲げる。中身はスポーツドリンクとゼリー飲料らしい。


 「忙しいのに、わざわざ悪いな。ちょうど義妹の熱も少し下がってきたところだ」

 「へぇー、よかった。……ってか、部屋、なんかいい匂いがするね」


リビングに玲奈を連れて来ると、キッチンで莉子がエプロン姿で鍋をかき混ぜていた。

 「直也くん。保奈美ちゃんの為にスープ作ってるよ。消化にいいから」

 「助かるよ。悪いな、莉子」

 「……へぇ」

 なんか玲奈の顔が引きつっている。


 そのとき、再びインターホンが鳴った。

 次に現れたのは亜紀先輩だ。オレのチューターだった人で、今のオレが取り掛かっている投資案件でも一緒にプロジェクトに取り組んでいる。

 「会議で保奈美ちゃんが体調を崩したって聞いたから。大丈夫?」

 「ええ、扁桃炎で……。数日で治ると思います」

 「それなら安心ね」


 そう言いながらリビングに入った亜紀さんの視線も、自然とキッチンへ向かう。

 そこでは、莉子が楽しそうに鍋をかき回している。


 「……ん?…どういう事かな…」


 一瞬の沈黙。

 更に莉子を目があった亜紀さんは黙り込んだ。

 なぜだろう。空気が、妙に張りつめているぞ。


 玲奈が小声で囁く。

 「……直也、彼女は一体誰?」

 「は? ああ、近所の幼馴染の莉子だよ」

 「なんか自然にエプロン姿で調理しているけど、どういう関係なの?」

 「どういう関係も何も、病院に付き添ってもらって、ついでに料理を用意してくれているんだよ」


 亜紀さんは、にこやかな表情を崩さないまま、穏やかに付け加える。

 「随分家庭的な方ね。……直也くんから、そういう話は聞いていなかったけど」

 「え、いや……昨晩遅くに電話してヘルプをお願いしたんですよ」

 「そういう事、言ってんじゃないけれどね…」


 何故か微妙に重たい空気のまま、二人の女性商社マンの視線は、明らかに莉子を厳しく値踏みするようなものがある。


 しかし、それにしても、――なぜこんなに重苦しい空気になるのか。


 オレはただの義兄として、義妹の看病に手を借りているだけだ。

 それなのに、玲奈も亜紀さんも、何か微妙な空気になっている。

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