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第6話:一ノ瀬直也

 その日は久しぶりに丸一日オフィス勤務となり、帰宅したのは夜八時を回っていた。

 駅前のコンビニで夕食を適当に買い込み、疲れ切った足を引きずって玄関のドアを開けた瞬間――オレは違和感に気づいた。


 リビングのソファに腰を下ろしていた保奈美の顔が、妙に赤い。

 「あれ、どうした?」

 「……ううん、大丈夫」


 返事はあったが、声がかすれている。頬は真っ赤で、額に汗がにじんでいた。

 オレは慌てて鞄を置き、彼女の前に膝をついた。

 「ちょっと失礼」


 おでこに手をかざすと、じわりと熱が伝わってくる。

 ――高い。普通じゃない。

 「おい、すごい熱だよ! 何度あるんだこれ」

 「……ううん、平気です。ちょっと疲れてるだけだから」

 「いやいや、これで平気なわけないだろ!」


 思わず声を荒げてしまったが、保奈美は弱々しく苦笑するだけだった。


 「とにかく、家事も食事の用意もしなくていい。体温計で熱を測ったら、すぐ着替えて寝床に行きなさい」

 「でも、直也さんだってお腹空いてるでしょ……」

 「いいから!」


 オレが強めに言うと、保奈美は観念したように頷いて、体温計で熱を測る。


 ―38度以上、高熱だ。


 市販の風邪薬を飲ませる。

保奈美は自室へ上がっていった。

 やれやれ、と息をついたのも束の間。

 階段を下りてきた足音がして、オレは思わず振り向いた。


 そこには、寝間着に着替えて毛布を抱えた保奈美が立っていた。

 「……どうしたの?」

 「……一人で自分の部屋で寝てるの、ちょっと怖いの」


 弱った声でそう言うものだから、オレは思わず言葉を失った。

 十六歳。高校一年。まだまだ子どもで――5月に自分の母親を喪って、もう“家族”はオレしか残っていない女の子。


 「……そうか。分かった」

 オレはリビングに布団を引くと、その上に保奈美を寝かせ、そのすぐ横に椅子を引き寄せ、仕事用のパソコンを開いた。

 「ここで仕事をしてるから、安心して寝なさい」

 「ほんとに……?」

 「当たり前だろ。すぐ隣にいるから、何かあったらすぐ呼べばいい」


 そう告げると、保奈美は安心したように頷いた。

 毛布をソファに広げて、身体を小さく丸める。

 その顔はまだ赤いが、さっきより少しだけ柔らかく見えた。

 保奈美のおでこに冷えパットを貼る。


 「……直也さん」

 「ん?」

 「……ありがと」


 その一言で、胸の奥が妙に熱くなった。

 オレはわざとそっけなく「気にするな」と返し、視線をパソコンの画面に戻す。


 カタカタとキーボードを叩く音。

 その横で、保奈美は毛布に包まれたまま、じっとこちらを見つめていた。

 やがて瞼が重そうに閉じて、静かな寝息が聞こえ始める。


 ――なんかこれ。まるで子どもを寝かしつけてる父親みたいだな。

 でも、不思議と悪い気はしない。


 オレの横で安心しきって眠る義妹。

 その存在は、重荷ではなく、むしろオレの心を温めてくれていた。

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