76部
西川は編集室で佐々木アナの言葉を聞いて次のVTRへの移行準備を始めようとした時だった。
スタッフの中から帽子を目深にかぶり、スタッフジャンパーを着た男が人垣を抜けてこちらに歩いて来る。藤江が急いで拳銃を向けるが、男は立ち止まることなく西川の前まで来る。
「おい、危ないから戻れ。」
相田が心配そうに命令するが男は止まらない。西川の目の前まできて男は止まり、
「相田さん、俺があんたの指示に従う理由はない。
おっと、これは前に鈴木社長にも行ったことですね。」
相田が良く見ると男はこの前の刑事・伊達だった。状況がつかめない藤江が拳銃を構えて
「貴様何者だ?」
「何者?警察だよ。警視庁特別犯罪捜査課のな。」
『警察』の言葉に反応して、人質の方に拳銃を向ける。しかし、スタッフが集まっていた所には鉄製の板のようなものが並び、スタッフが全員隠れてしまっている。
「どういうことだ?」
「決まってるだろ、防弾加工がされてるシールドをあらかじめ運び込んでおいたんだよ。
こんだけ人がいれば、一カ所に集めるだろうことも予測して、わざとあそこに物を置いてなかったんだよ。」
伊達の説明の後ろで、防弾シールドを構えた三浦・加藤・藤堂・大谷はいつ発砲音が聞こえるかわからない状況にひやひやしていた。
「どうしてそんなものが用意できた?ここを占拠する計画は漏れてないはずだ。」
西川が聞く、伊達はニヤリと笑い
「お前らと関係の深いテレビ局関係者に見張りをつけて、接触した人間から聞き出したに決まってるだろ。」
「そんなはずはない。彼はそんなやつじゃない。」
「まあ、そうだろうな。でも、これで共犯者が内部にいることがわかりましたね。
三浦さん、黒田さんに連絡してください。」
後ろから小さく「おう。」という返事を聞いて伊達が
「直接聞かなくてもそいつの行動からある程度の予測はできる。担当でもない番組の編集室に出入りしたり、そのスタッフと話したりしてれば大体の狙いもわかるからな。」
「相田さん、あなたも知ってたんですか?」
西川の問いに相田は首を横に振る。それを見て伊達が
「そんなこと言うわけないじゃないですか。
あんたらの厄介なところは罪状を明確にして証拠を突きつけにくいところにあるんですよ。
だから、現行犯で捕まえるためにもこうして、放送をさせてやったんですよ。
相田さんに本当のことを話せば、それなりの対応をされてこちら側の計画が台無しになるところですからね。」
伊達の笑みに恐怖すら感じながら対策を考えていたところに、伊藤から無線で
『どうした、VTRに行かないぞ?何かあったのか?』
「警察に計画がバレていたようです。そっちのスタッフを人質に取り直してください。」
伊藤から短く『わかった』と返ってきたところで伊達が
「そんなことできるわけないですよ。」
「どういう意味だ?」
「決まってるでしょう、西川さん。
ここに俺らがいるんだから。向こうにも精鋭が配備されてるわけですよ。
例えば、あのフロアディレクターなんてやばいと思いますよ。」
カメラを通して、フロアディレクターがあわただしく動き、伊藤たちの前に進み出る様子が写ってる。他にも数人がセットに侵入して、拳銃を取り出している。
その様子を見ながら西川は伊藤たちが銃を乱射することだけはしないで欲しいと思って、画面に映る二人を見るしかなかった。




